・・・人間の歴史のある時期に地球上のある地点に発生した文化の産物は時間の経過とともに人為的のあらゆる障壁を無視して四方に拡散するのは当然である。永代橋から一樽の酒をこぼせば、その中の分子の少なくもある部分はいつかは、世界じゅうの海のいかなる果てま・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・ 映画の場合においてもカメラを向け動かすものは人間であるから、そこに選択の自由があり従って人為的な公式定型の参加する余地は充分にある。しかしレンズとフィルムは物質であってなんらの既成概念もなければ抽象能力もない、一見ばか正直のようであっ・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・のみならず、近来わが国諸学者の研究もあるように、七五の音数律はわが国語の性質と必然的に結びついたもので人為的な理屈の勝手にはならないものである。この基礎的な科学的事実を無視した奇形の俳句は、放逸であっても自由ではない。俳諧の流るるごとき自由・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・それで今にわかに人為的にこれを破壊し棄却しようとしてもそう急速には意のままにならないであろうと考えられる。これは理屈ではなくて事実なのである。 次には俳句が七五七でなくて五七五であるのはどういうわけかという疑問が起こる。和歌の上の句と同・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・このように純粋に物質的な現象、すなわち地震のような現象と、生物的、かつ人為的要素の錯雑した漁獲といったようなものとの間の相関を取り扱うことが科学的に許容されるかどうかという問題については、往々物理学者の側でもまた生理学者の側でも疑問をさしは・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・先生は海鼠腸のこの匂といい色といいまたその汚しい桶といい、凡て何らの修飾をも調理をも出来得るかぎりの人為的技巧を加味せざる天然野生の粗暴が陶器漆器などの食器に盛れている料理の真中に出しゃばって、茲に何ともいえない大胆な意外な不調和を見せてい・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 私が始めて気付いたことは、こうした町全体のアトモスフィアが、非常に繊細な注意によって、人為的に構成されていることだった。単に建物ばかりでなく、町の気分を構成するところの全神経が、或る重要な美学的意匠にのみ集中されていた。空気のいささか・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・我輩の所見を以てすれば、家内の交には一切人為の虚を構えずして天然の真に従わんことを欲するものなり。嫁の身を以て見れば舅姑は夫の父母にして自分の父母に非ざるが故に、即ち其ありのまゝに任せ、之を家の長老尊属として丁寧に事うるは固より当然なれども・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・余は宗教の天然説を度外視する者なれば、天の約束というも、人為の習慣というも、そのへんはこれを人々の所見にまかして問うことなしといえども、ただ平安を好むの一事にいたりては、古今人間の実際に行われて違うことなきを知るべきのみ。しからばすなわち教・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・なんぞ必ずしも区々たる人為の国を分て人為の境界を定むることを須いんや。いわんやその国を分て隣国と境界を争うにおいてをや。いわんや隣の不幸を顧みずして自から利せんとするにおいてをや。いわんやその国に一個の首領を立て、これを君として仰ぎこれを主・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫