・・・縁側を歩かせるとまだ足が不たしかで、羽二重のようになめらかな蹠は力なく板の上をずるずるすべった。三毛を連れて来てつき合わせると三毛のほうが非常に驚き恐れて背筋の毛を逆立てた。しかしそれから数時間の後に行って見ると、だれかが押し入れの中にオル・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・右の頬をつかまえたと思う間に左の頬はずるずる逃げ出した。ずっと前にいつかある画家が肖像をかいているのを見た事がある。その時に画家の挙動を注意していると素人の自分には了解のできないような事がいろいろあった、たとえば肖像の顋の先端をそろそろ塗っ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・もとからまっかな雲が八方にほとばしりわき上がったと思うと、塔の十二階は三四片に折れ曲がった折れ線になり、次の瞬間には粉々にもみ砕かれたようになって、そうして目に見えぬ漏斗から紅殻色の灰でも落とすようにずるずると直下に堆積した。 ステッキ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・額を撫でると膏汗と雨でずるずるする。余は夢中であるく。 坂を下り切ると細い谷道で、その谷道が尽きたと思うあたりからまた向き直って西へ西へと爪上りに新しい谷道がつづく。この辺はいわゆる山の手の赤土で、少しでも雨が降ると下駄の歯を吸い落すほ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ことに日本は、職業婦人、労働婦人が発生してからの歴史が浅い上に、自然発生的でどちらかというと労働市場へずるずると入って来ているために、男女相互に、働くものとしての大局から損をしあっている場合が決してすくなくないのである。 たとえば賃銀に・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・その後、日本の民主化にいろいろの変調が加えられて、たとえば用紙割当委員会の権限が、ずるずると内閣に属す委員会に移され、文化材の合理的割当を口実に、官僚統制、赤本屋委員会に堕してしまうころから、吉田茂の明るい展望が記者団との会見で語られるよう・・・ 宮本百合子 「「委員会」のうつりかわり」
・・・何かやってひどくいじめられて、首輪のところからつながれていたのを必死に切って逃げて来ているので、ずるずる地面を引ずる荒繩の先は藁のようにそそけ立ってしまっているのであった。 景清は、それからずっとその庭にいついた。日中は樹の間の奥にいつ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・ そんな訳なので、息子の云い出さないうちは此方からその事を云い出すのも何と云う事はなしてれ気味なので、余計ずるずるになるばかりであった。 四五度足労をして、もう隠居に話しても仕様がないと思った栄蔵は、若主人に、細かくいろいろの事を話・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・○ 夜、寿江子、和服を着て来るや否やしめつけない帯がずるずるになったと云って、バラさんに直して貰っている。 一月○日 十日に入営する隆ちゃんより来信。点呼のとき青年団員が復唱するような勇壮な調子で入営について書いてあり、又ほ・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・ 安次は蹲んだまま怒った片肩をなお張り上げて、戸口までずるずる引き摺られた。「そんなことせんと、ここで休ましといてやらえな。」とお留は云った。「何アに此の餓鬼、贋病使うてくさるのや、あっこまで歩けんことあるものか。」「痛いが・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫