・・・使用する器械が精巧なほど使用の注意も複雑になるから、不注意に機械的申訳的にやるのでは却って粗末な方法でするよりも悪い結果になることが往々ある。先生の方で全部装置をしてやって、生徒はただ先生の注意する結果だけに注意しそれ以外にどんな現象があっ・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・日常普通の問題にこれを応用して少しも不都合はないはずである。精巧な測器が具備している今日でも、場合によって科学者が指や歩数をもって長さを測る事を恥としない。それで科学の方則が如何に変っても、人間社会の幸福は損われぬのみならず増すばかりである・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・それにもかかわらずこの粗末な器械は不思議な精巧な仕掛けでもあるかのように全く自働的に活動している。ちょうど鶴のような足取りで二歩三歩あるくと、立ち止まって首を下げて嘴で桟橋の床板をゴトンゴトンと音を立ててつっついている。そういう挙動を繰返し・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・二人でだまって無心にこの絵を見ていたらだれかが「清香さん」とあっちのほうで呼ぶ。芸者はだまって立って部屋を出て行った。 俊ちゃんと二人で奥の間で寝てしまったころも、座敷のほうはまだ宵のさまであった。 あくる日も朝から雨であった。昨夜・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・ 雷電の火の種子が一部は太陽から借りられたものであるとの考えも正鵠を得ていると言われうる。 電火の驚くべき器械的効果は、きわめて微細なる粒子が物質間の空隙を大なる速度で突進するによるとの考えは、近年のドルセーの電撃の仮説に似ている。・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・むしろ一つの非常に精巧な器械の二つの部分が複雑きわまる隠れた仕掛けで連結していて、その一方を動かすと他方が動きまた鳴りだすような関係である。それほどの必然さをもって連結されていて、しかもその途中のつながりが深い暗い室の中に隠れているような感・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・彼らが企の成功は、素志の蹉跌を意味したであろう。皇天皇室を憐み、また彼らを憐んで、その企を失敗せしめた。企は失敗して、彼らは擒えられ、さばかれ、十二名は政略のために死一等を減ぜられ、重立たる余の十二名は天の恩寵によって立派に絞台の露と消えた・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・そこで今度は、スキャップ政策をとったが、それも強固な争議団の妨碍のために、予測程の成功ではなかった。トラックの中に、荷物の間に五六人のスキャップを積み込んで、会社間近まで来たとき、トラックの運転手と変装していた利平が、ひどくやられたのもこの・・・ 徳永直 「眼」
・・・ 逢うごとにいつもその悠然たる貴族的態度の美と洗錬された江戸風の性行とが、そぞろに蔵前の旦那衆を想像せしむる我が敬愛する下町の俳人某子の邸宅は、団十郎の旧宅とその広大なる庭園を隣り合せにしている。高い土塀と深い植込とに電車の響も自ずと遠・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 自分はいつも人力車と牛鍋とを、明治時代が西洋から輸入して作ったものの中で一番成功したものと信じている。敢て時間の経過が今日の吾人をして人力車と牛鍋とに反感を抱かしめないのでは決してない。牛鍋の妙味は「鍋」という従来の古い形式の中に「牛・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫