・・・の文章をかりて云えば「爾来、星霜二十余年」今度社会正義に基くことをモットーとする近衛内閣によって、従来の「蚊文士」が「殿上人」となることとなった。「かかる官府の豹変は平安盛時への復帰とも解釈されるし、また政府の思想的一角が今日、俄かに欧化し・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
・・・ 隊から来ている従卒に手伝って貰って、石田はさっそく正装に着更えて司令部へ出た。その頃は申告の為方なんぞは極まっていなかったが、廉あって上官に謁する時というので、着任の挨拶は正装ですることになっていた。 翌日も雨が降っている。鍛冶町・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・すると、青草の中で、鎌を研いでいた若者が彼を仰いだ。「その火は、いつまで焚くんです?」と彼は訊いた。「これだけだ。」と若者はいいながら火のついた麦藁を鎌で示した。「その火は焚かなくちゃ、いけないものですか。」 若者は黙って一・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・或るものはその日の祈りをするために跪き、或るものは手紙を書き、或るものは物思いに沈み込み、また、ときとしては或るものは、盛装をこらして火の消えた廊下の真中にぼんやりと立っていた。恐らく彼女らにはその最も好む美しき衣物を着る時間が、眠るとき以・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・そこで、彼は蒼ざめた顔をして保護色を求める虫のように、一日丘の青草の中へ坐っていた。日が暮れかかると彼は丘を降りて街の中へ這入って行った。時には彼は工廠の門から疲労の風のように雪崩れて来る青黒い職工達の群れに包まれて押し流された。彼らは長蛇・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫