・・・親も代表しておらなければ、子も代表しておらない、夫子自身を代表している。否夫子自身である。 そうすると、人間というものはそういう風に二通りを代表している――というと語弊があるかも知れませんが――二通りになるでしょう。其処です其処です、そ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・論者その人の徳義薄くして、その言論演説、もって人を感動せしむるに足らざるか、夫子自から自主独立の旨を知らざるの罪なり。天下の風潮は、つとに開進の一方に向いて、自主独立の輿論はこれを動かすべからず。すでにその動かすべからざるを知らば、これにし・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・本質的には世故にたけた、十分妥協性をもったものなのだが、それを語る語りかたの独特に意識ある態度のために風格が発生し、その確信をもって押してゆく雰囲気の魅惑に大作家らしい趣、生活力が具わっているのではないのだろうかと考えたのであった。そして、・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・常にその外見において粋であることはできない。常に世故にたけていることも、エレガントであることもできないのである。 こんにちの文学の諸錯綜の姿を描き出し、相互関係を示そうとしている努力で、私は「現代文化と思想的文学的傾向」を有益に読んだ。・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・三十年か四十年世の中に揉まれていれば、大抵の者のなれる「世故にたけたお悧巧な方」になりたくもありません。私はただ、ほんとの生活がしたい。考えるべきことは、どんなに辛くとも考え、視なければならないものは、どんな恐ろしいものでも視て、真正な生活・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・私も大急ぎで懐の中のはこせこを出して中に入って居た紙くずなんかぬいてそっと紫のふくさの入って居た袂に入れた。紫地に花鳥を縫いつぶしたはこせこと紙入れをかねて居る様なものだった。お妙ちゃんはそれをそうっと抱きあげてしっかりと抱えながら私の目を・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・あの時着て居た着物――あの時さして居たカンザシ――帯、はこせこ、こんな事がズラリと頭の中にならんでしまった。「どうしたんです?」その人は私が急にだまりこんで考えてるんでビックリした様なつつぬけの声を出した。「何でもないんです。一寸首人形・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・やや世故にたけたといわれる年頃では、そういう階級の狭い生活が多くの女の心に偏見と形式と家常茶飯への没頭、良人の世間並な立身出世に対する関心をだけを一杯にしていたであろう。荷風が、弱々しき気むずかしさでそれらの女の生活と内容に自身を無縁なもの・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・ 殉死を許した家臣の数が十八人になったとき、五十余年の久しい間治乱のうちに身を処して、人情世故にあくまで通じていた忠利は病苦の中にも、つくづく自分の死と十八人の侍の死とについて考えた。生あるものは必ず滅する。老木の朽ち枯れるそばで、若木・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫