・・・両親が児童に対するの態度である。世人はそう思うておるまい。写生文家自身もそう思うておるまい。しかし解剖すればついにここに帰着してしまう。 小供はよく泣くものである。小供の泣くたびに泣く親は気違である。親と小供とは立場が違う。同じ平面に立・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・両者は元来別物であって各独立したものであるというような説も或る意味から云えば真理ではあるが、近来の日本の文士のごとく根柢のある自信も思慮もなしに道徳は文芸に不必要であるかのごとく主張するのははなはだ世人を迷わせる盲者の盲論と云わなければなら・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・啻に男女の間のみならず、男子と男子との争にも婦人の仲裁を以て波瀾を収めたるの例は、世人の常に見聞する所ならずや。畢竟女性和順の徳に依ることなるに、然るに今是等の事実をば打消し、不和不順を以て婦人の病と認むるが如き、立言の根拠既に誤るものと言・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・その明証は、世人誤って人事変革の原因をも政府に帰するに非ずや。この考はもとより誤ならん、政府はひとり変革の原因に非ざるべしといえども、その変革中の一部分たるは論をまたず、政府の精神は改進にあること明白なりというべし。然ばすなわち、いやしくも・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・しこうして世人は俊頼と文雄を知りて、曙覧の名だにこれを知らざるなり。 曙覧の事蹟及び性行に関しては未だこれを聞くを得ず。歌集にあるところをもってこれを推すに、福井辺の人、広く古学を修め、つとに勤王の志を抱く。松平春岳挙げて和歌の師とす、・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・桑の実の味はあまり世人に賞翫されぬのであるが、その旨さ加減は他に較べる者もないほどよい味である。余はそれを食い出してから一瞬時も手を措かぬので、桑の老木が見える処へは横路でも何でもかまわず這入って行って貪られるだけ貪った。何升食ったか自分に・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 又、彼のすばしこさで、この事件に対する世人の good will も分ったに違いない。彼の、「自分の決心は定って居る」と云うことに対する自分の merit は、一層、ましたと云うべきであろう。彼のそう云うことに対する不純さ。彼がすねて・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・ 今日の世界の歴史が切迫し激動しているということから割り出されて来る社会的な必要と云われるもので目前説明されても、やはり世人のうけた感銘からは消されない人生的なものがある。 今度は商業学校の教育方針が変えられて、従来の個人的な儲け専・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・がその経済的知的貴族性から持っていない俗塵、世塵を正面から引かぶろうと構えているらしい。しかし、作者は自身の気構えのつよさに現実の苛烈さを錯覚しているところもある。志賀直哉氏の人為及び芸術の魔法の輪を破るには、志賀氏の芸術の一見不抜なリアリ・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・そうしてこの主義がいかにも重大な意義を持っているらしい感じを世人に与えた。実際それは、偽善家の面皮を正直という小刀で剥いでやった、という意味で、重大な意義を持つに違いない。あるいはまた幻影に囚われた理想家を現実に引きもどした、という意味で。・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫