近ごろある地方の小学校の先生たちが児童赤化の目的で日本固有のおとぎ話にいろいろ珍しいオリジナルな解釈を付加して教授したということが新聞紙上で報ぜられた。詳細な事実は確かでないが、なんでもさるかに合戦の話に出て来るさるが資本・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・と女は危うき間に際どく擦り込む石火の楽みを、長えに続づけかしと念じて両頬に笑を滴らす。「かくてあらん」と男は始めより思い極めた態である。「されど」と少時して女はまた口を開く。「かくてあらんため――北の方なる試合に行き給え。けさ立てる・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 良子嬢が東郷元帥の孫としてのつまらない生活の反対物をカフェーに見出したところに、子供のうちから消費生活にだけ馴らされた娘の気分と、今日の貴族階級が生活感情の実質においては、赤化子弟に対する宗秩寮の硬化的態度に逆比例するデカダンスや低俗・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・数十百の電車は石火の一刹那に駛せ違う。数百千の男女はエジプトの野を覆うという蝗の群れのように動いている。貴公は何ゆえに歩いてるかと問うと用事があるからだと言う、何ゆえに用事があるかと問うと、おれは商売をしている、遊んでるのじゃないと答える。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫