・・・しかし後にはそうではなくて先任者が順々に後任者を推薦し選定するようになった。従って自然に人員の個性がただ一色に近づいて来るという傾向が生じたのではないかという気がする。どちらがいいか悪いかは別問題であるが、昔の人選法も考えようによってはかえ・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・交通の不便な昔は、山の中に仙人がいると思っておったくらいだから、江戸には漱石といって仙人ではないが、まあ仙人に近い人間がいるそうだぐらいの評判で持ち切って下されば私もはなはだ満足の至りであったろうが、今日汽車電話の世の中ではすでに仙人そのも・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・さて自分がその局に当ってやって見ると、かえって自分の見縊った先任者よりも烈しい過失を犯しかねないのだから、その時その場合に臨むと本来の弱点だらけの自己が遠慮なく露出されて、自然主義でどこまでも押して行かなければやりきれないのであります。だか・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・気高いということは富士山や御釈迦様や仙人などを描いて、それで気高いという訳じゃない。仮令馬を描いても気高い。猫をかいたら――なお気高い。草木禽獣、どんな小さな物を描いても、どんなインシグニフィカントな物を描いても、気高いものはいくらもありま・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ 僕の天性の我がまま気儘も、これに輪をかけて自分を洞窟の仙人にした。人と人との交際ということは、所詮相互の自己抑制と、利害の妥協関係の上に成立する。ところで僕のような我がまま者には、自己を抑制することが出来ない上に、利害交換の妥協という・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・きほどにますます人間世界の事を忘却して、ひそかにこれを軽蔑するがゆえに、浮世の人もまた学者とともに語るを厭い、工業にも商売にもこれとともに事をともにせんとするものとては一人もなく、ただ学者と聞けば例の仙人なりと認めて、ただ外面にこれを尊敬す・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・是れは財産の問題にして、金さえあれば家事を他人に託して独り学を勉む可しと言うも、女子の身体、男子に異なるものありて、月に心身の自由を妨げらるゝのみならず、妊娠出産に引続き小児の哺乳養育は女子の専任にして、為めに時を失うこと多ければ、学問上に・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・なお正直にも彼は銭を多く貰いし時の思いがけなきうれしさをも白状せり。仙人のごとき仏のごとき子供のごとき神のごとき曙覧は余は理想界においてこれを見る、現実界の人間としてほとんど承認するあたわず。彼の心や無垢清浄、彼の歌や玲瓏透徹。 貧、か・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・東の仙人峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截って来る冷たい猿ヶ石川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。 イギリス海岸には、青白い凝灰質の泥岩が、川に沿ってずいぶん広く露出し、その南のはじに立ちますと、北のはずれに居る人・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 下草はみじかくて奇麗でまるで仙人たちが碁でもうつ処のように見えました。 ところが次の日虔十は納屋で虫喰い大豆を拾っていましたら林の方でそれはそれは大さわぎが聞えました。 あっちでもこっちでも号令をかける声ラッパのまね、足ぶみの・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
出典:青空文庫