・・・真に社会に善事を成さんとする志有る者は軽忽に実行運動に加わる前に、しばらく意志を抑制して、倫理学を研究する必要があるのである。何が社会的に善事であるかを知らずして実行することは出来ず、行為の主体が自己である以上は自己と社会との関係を究めない・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・人間には皆、善事を行おうとする本能がある。」「電話を切ってもいいんでしょう? 他にもう用なんか無いんでしょう? さっきから、おしっこが出たくて、足踏みしているのよ。」「ちょっと待って下さい、ちょっと。一日、三千円でどうです。」 ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・それは九月の十五日の事でございましたが御落飾がおすみになってから、尼御台さまに連れられて将軍家へ御挨拶に見えられ、私はその時はじめて此の禅師さまにお目にかかったというわけでございましたが、一口に申せば、たいへん愛嬌のいいお方でございました。・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・パヴィナアル中毒全治。以後は、一、十一年十一月より十二年六月末までサナトリアム生活。一、十二年七月より十三年十月末まで、東京より四、五時間以上かかって行き得る保養地に、二十円内外の家借りて静養。 右の如く満一箇年、きびしき摂生、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ どんな善事もする! どんなことにも背かぬ。 渠はおいおい声を挙げて泣き出した。 胸が間断なしに込み上げてくる。涙は小児でもあるように頬を流れる。自分の体がこの世の中になくなるということが痛切に悲しいのだ。かれの胸にはこれまで幾度も・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・それには映画は舞台演劇の複製という不純分子を漸次に排除して影と声との交響楽か連句のようなものになって行くべきではないかと思われるのである。 こんな話をしていたらある人がアヴァンガルドという一派の映画がいくらかそういう方向を示すものだと教・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・たとえば太古では世界は地、水、火、風の四からなりたっていると考えたが、その後化学的元素というものが確定され、漸次に新元素が発見され今は八十余の元素がいろいろ組合わされてあらゆる物質を構成していると考うるようになった、つい近頃までは元素は永久・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・ 一本の麻縄に漸次に徐々に強力を加えて行く時にその張力が増すに従って、その切断の期待率は増加する。しかしその切断の時間を「精密に」予報する事は六かしい、いわんやその場処を予報する事は更に困難である。 地震の場合は必ずしもこれと類型的・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・ 地殻の歪みが漸次蓄積して不安定の状態に達せる時、適当なる第二次原因例えば気圧の変化のごときものが働けば地震を誘発する事は疑いなきもののごとし。故に一方において地殻の歪みを測知し、また一方においては主要なる第二次原因を知悉するを得れば地・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・そうした食料品の欠乏が漸次に波及して行く様が歴然とわかった。帰ってから用心に鰹節、梅干、缶詰、片栗粉などを近所へ買いにやる。何だか悪い事をするような気がするが、二十余人の口を託されているのだからやむを得ないと思った。午後四時にはもう三代吉の・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
出典:青空文庫