・・・されども不良の子に窘しめらるるの苦痛は、地獄の呵嘖よりも苦しくして、然も生前現在の身を以てこの呵嘖に当たらざるを得ず。余輩敢えて人の信心を妨ぐるにはあらざれども、それ程にまで深謀遠慮あらば、今少しくその謀を浅くしその慮を近くして、目前の子供・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・蕪村歿後に出版せられたる書を見るに、蕪村画名の生前において世に伝わらざりしは俳名の高かりしがために圧せられたるならんと言えり。これによれば彼が生存せし間は俳名の画名を圧したらんかとも思わるれど、その歿後今日に至るまでは画名かえって俳名を圧し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・僕も生前に経験がある。死んだ友達の墓へ一度参ったきりでその後参ろう参ろうと思って居ながらとうとう出来ないでしまった。僕は地下から諸君の万歳を祈って居る。…………今日は誰も来ないと思ったら、イヤ素的な奴が来た。蘭麝の薫りただならぬという代物、・・・ 正岡子規 「墓」
・・・パリの籠城のはじまった頃のゴンクールの日記があった。 道端で籠を下げた物うりが妙な貝を売っている。玉子などの立売りも出ている。パリの騒然とした街の様子が彼独特の詳細な筆致でかかれているあとに、市役所のアーク燈に照らされた大階段にぎっしり・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・心ある人々は、死んで、抗議の云えない人の墓を、生前好かれていなかったと知っている者が、今こそと自分の生得の力をふるってこしらえた心根をいやしんだ。そして、漱石を気の毒に思った。その墓は、まるで、どうだ、何か云えるなら云ってみろ、と立っている・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・ これまでの手紙で忘れていたこと=去年の九月から、母が生前書いたものを、主として日記ですが、すっかり栄さんに読めるように書き写して貰い、一周忌までに本にして記念にする手順で居ります。実によく書いて居る。父と結婚――私もまだ生れなかった頃・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・マークは生前、この群像の女が、手に子供を抱きながら、その目ではどこか遠くを見ている、それを指して、君そっくりじゃないか、と非難めいた苦しい顔をしたのであった。 群像を仕上げたスーは、ついに息子のジョン、娘のマーシャ、忠実な召使いのジェー・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・ チョンチョンと下足札を鳴らすが、小屋は満員で、騒然としていて、顔役は、まがい猟虎の襟付外套で股火をし、南京豆の殼が処嫌わず散らかっているだけだ。山塞の頭になった役者が粗末な舞台で、「ええ、きりきりあゆめえ!」と声を搾って大見得・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・語られていることにも種々様々の疑問があって、それをただしたいにも時の流れの瀬音は騒然としていて、そんなしんみりとした時間のかかるものの追究のしかたは昨今はやらないという気風もある。そういうところに一言や二言で云いつくし現しつくせない若い精神・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・御遺骨を京都へ護送いたし候。御供には長岡河内景則、加来作左衛門家次、山田三右衛門、佐方源左衛門秀信、吉田兼庵相立ち候。二十四日には一同京都に着し、紫野大徳寺中高桐院に御納骨いたし候。御生前において同寺清巌和尚に御約束有之候趣に候。 さて・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫