・・・なかなか荘重な出来である。それにも拘らず、少年は噴き出した。「なあんだ、僕と遊びたがっていやがる。君も、よっぽどひまなんだね。何か、おごれよ。おなかが、すいた。」 私も危く大笑いするところであったが、懸命に努めて渋面を作り、「ご・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・きのう新潟の砂丘で、私がひどくもったい振り、あれが佐渡だね、と早合点の指さしをして、生徒たちは、それがとんでも無い間違いだと知っていながら私が余りにも荘重な口調で盲断しているので、それを嘲笑して否定するのが気の毒になり、そうですと答えてその・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ 十二月八日。早朝、蒲団の中で、朝の仕度に気がせきながら、園子に乳をやっていると、どこかのラジオが、はっきり聞えて来た。「大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は今八日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。」 しめ切った雨戸のす・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ 一日おいて二十五日に、白石は早朝から吟味所へつめかけた。午前十時ごろ、奉行の人たちもみんな出そろって着席した。やがてシロオテも輿ではこばれてやって来た。 きょうは、だいいちばんに、あのオオランド鏤版の地図を板縁いっぱいにひろげて、・・・ 太宰治 「地球図」
・・・この頑丈の鉄仮面をかぶり、ふくみ声で所謂創作の苦心談をはじめたならば、案外荘重な響きも出て来て、そんなに嘲笑されずにすむかも知れぬ、などと小心翼々、臆病無類の愚作者は、ひとり淋しくうなずいた。 昭和十一年十月十三日から同年十一月十二日ま・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・暮しにプライドを持ちはじめて、その頃ちょうど円貨の切り換えがあり、こんな片田舎の三等郵便局でも、いやいや、小さい郵便局ほど人手不足でかえって、てんてこ舞いのいそがしさだったようで、あの頃は私たちは毎日早朝から預金の申告受附けだの、旧円の証紙・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・どろぼうは、のっそり部屋へはいるとすぐに、たったいま泣き声出しておゆるし下さいと詫びたひととは全く別人のような、ばかばかしく荘重な声で、そう言った。おそろしく小さい男である。撫で肩で、それを自分でも内心、恥じているらしく、ことさらに肘を張り・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 五日ほど経った早朝、鶴は、突如、京都市左京区の某商会にあらわれ、かつて戦友だったとかいう北川という社員に面会を求め、二人で京都のまちを歩き、鶴は軽快に古着屋ののれんをくぐり、身につけていたジャンパー、ワイシャツ、セーター、ズボン、冗談・・・ 太宰治 「犯人」
・・・昭和九年九月二十九日の早朝新宿駅中央線プラットフォームへ行って汽車を待っていると、湿っぽい朝風が薄い霧を含んでうそ寒く、行先の天気が気遣われたが、塩尻まで来るととうとう小雨になった。松本から島々までの電車でも時々降るかと思うとまた霽れたりし・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・三月九日帰朝早々から風邪を引き、軽い肺気腫の兆候があるというので大事を取って休養していたが、一度快くなって、四月五日の工学大会に顔を出したが、その翌日の六日の早朝から急性肺炎の症状を発して療養効なく九日の夕方に永眠した。生前の勲功によって歿・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
出典:青空文庫