・・・やると豆腐を買ってきまして、三日月様に豆腐を供える。後で聞いてみると「旦那さまのために三日月様に祈っておかぬと運が悪い」と申します。私は感謝していつでも六厘差し出します。それから七夕様がきますといつでも私のために七夕様に団子だの梨だの柿など・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・かわいい人形がそばにありますから、それを抱いたり、下にすわらせたり、またそれにものをいったり、おもちゃのお膳や、茶わんや、さらなどに、こしらえたごちそうを入れて、供えてやったりしていますと、けっしてさびしくもなんともなかったのであります。・・・ 小川未明 「なくなった人形」
・・・ 恁う考えて来るとそんな強い力、立派な人格を備えた先生と云うものが果してそんなに沢山あるか疑われる。然しそんな先生が沢山なければ多数の幼き国民をどうしよう。この意味から云っても現在の知識階級が尤も眼ざめなくてはならぬ事である。私はこの点・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・たとえ冷たな芸術品でも優しみと若やかな感じとは具えていなければならぬ。『冷たな』とは作者の特質である。優しみと若やかな感じとは芸術本来が有つべき姿である。これを文芸について云えば、色彩描写たると平面描写たるとは問題でない。其れが芸術品として・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・ 新所帯の仏壇とてもないので、仏の位牌は座敷の床の間へ飾って、白布をかけた小机の上に、蝋燭立てや香炉や花立てが供えられてある。お光はその前に坐って、影も薄そうなションボリした姿で、線香の煙の細々と立ち上るのをじっと眺めているところへ、若・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・思いもかけず、こんな田舎の緑樹の蔭に、その世界はもっと新鮮な形を具えて存在している。 そんな国定教科書風な感傷のなかに、彼は彼の営むべき生活が示唆されたような気がした。 ――食ってしまいたくなるような風景に対する愛着と、幼い時の・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ それは大事な魂胆をお聞き及びになりましたので、と熱心に傾聴したる三好は顔を上げて、してそのことはどのような条規を具えているものに落札することになりましょうか。 さあその条規も格別に、これとむつかしいことはなく、ただその閣令を出す必・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・卓あり、粗末なる椅子二個を備え、主と客とをまてり、玻璃製の水瓶とコップとは雪白なる被布の上に置かる。二郎は手早くコップに水を注ぎて一口に飲み干し、身を椅子に投ぐるや、貞二と叫びぬ。 声高く応してここに駆け来る男は、色黒く骨たくましき若者・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・むずかしく言えば一種霊活な批評眼を備えていた人、ありていに言えば天稟の直覚力が鋭利である上に、郷党が不思議がればいよいよ自分もよけいに人の気質、人の運命などに注意して見るようになり、それがおもしろくなり、自慢になり、ついに熟練になったのであ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・恋以上のもののためには恋をも供えものとすることを互いに誓うことは恋をさらに高めることである。 肉体的耽溺を二人して避けるというようなことも、このより高きものによって慎しみ深くあろうとする努力である。道徳的、霊魂的向上はこうして恋愛のテー・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫