・・・「そうかい。じゃ忘れないでね、――私も昨日あたりまでは、死ぬのかと思っていたけれど、――」 母は腹痛をこらえながら、歯齦の見える微笑をした。「帝釈様の御符を頂いたせいか、今日は熱も下ったしね、この分で行けば癒りそうだから、――美・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・いつかおれはあの男が、海へ卒塔婆を流す時に、帰命頂礼熊野三所の権現、分けては日吉山王、王子の眷属、総じては上は梵天帝釈、下は堅牢地神、殊には内海外海竜神八部、応護の眦を垂れさせ給えと唱えたから、その跡へ並びに西風大明神、黒潮権現も守らせ給え・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 道祖神は、ちょいと語を切って、種々たる黄髪の頭を、懶げに傾けながら不相変呟くような、かすかな声で、「清くて読み奉らるる時には、上は梵天帝釈より下は恒河沙の諸仏菩薩まで、悉く聴聞せらるるものでござる。よって翁は下賤の悲しさに、御身近・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・かかる道なれども釈迦仏は手を引き、帝釈は馬となり、梵王は身に立ちそひ、日月は眼に入りかはらせ給ふ故にや、同十七日、甲斐国波木井の郷へ着きぬ。波木井殿に対面ありしかば大に悦び、今生は実長が身に及ばん程は見つぎ奉るべし、後生をば聖人助け給へと契・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・に厳格で、非常に規則立った、非常に潔癖な、義務は必らず果すというような方でしたから、種善院様其他の墓参等は毫も御怠りなさること無く、また仏法を御信心でしたから、開帳などのある時は御出かけになり、柴又の帝釈あたりなどへも折々御出でになる。其時・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・家の貸借に関する様様の証書も何ひとつ取りかわさず、敷金のことも勿論そのままになっていた。しかし僕は、ほかの家主みたいに、証書のことなどにうるさくかかわり合うのがいやなたちだし、また敷金だとてそれをほかへまわして金利なんかを得ることはきらいで・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・であろう。「小指は高くゝりの覚」で貸借の争議を示談させるために借り方の男の両手の小指をくくり合せて封印し、貸し方の男には常住坐臥不断に片手に十露盤を持つべしと命じて迷惑させるのも心理的である。エチオピアで同様の場合に貸し方と借り方二人の片脚・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・の輩は昔日の門閥を本位に定めて今日の同権を事変と視做し、自からまた下士に向て貸すところあるごとく思うものなれば、双方共に苟も封建の残夢を却掃して精神を高尚の地位に保つこと能わざる者より以下は、到底この貸借の念を絶つこと能わず。現に今日にても・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・きに世を去る可き順なれば、若し万一も早く夫に別れて、多勢の子供を始め家事万端を婦人の一手に引受くるが如き不幸もあらんには、其時に至り亡人の存命中、戸外に何事を経営して何人に如何なる関係あるや、金銭上の貸借は如何、その約束は如何など、詳細の事・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・「今夜積るぞ。」「一尺は積るな。」「帝釈の湯で、熊また捕れたってな。」「そうか。今年は二疋目だな。」 その時です。あの蒼白い美しい柱時計がガンガンガンガン六時を打ちました。 藁の上の若い農夫はぎょっとしました。そして・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
出典:青空文庫