・・・しかし出たものは、死んだ仲間の分も生きのびてしげって、幾十年も、幾百年も雄々しく太陽の輝く下で華やかに暮らしてもらいたい。もし、二つなり、三つなりが、いっしょに明るい世界へ出ることがあったら、たがいに依り合って力となって暮らしそうじゃないか・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・の第一歩を踏みだしてはどうかと進言したのが前記田所氏、二人は『お互い依頼心を起さず、独立独歩働こう、そして相手方のために、一円ずつ貯金して、五年後の昭和十五年三月二十一日午後五時五十三分、彼岸の中日の太陽が大阪天王寺西門大鳥居の真西に沈まん・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 全然力が脱けて了った。太陽は手や顔へ照付ける。何か被りたくも被る物はなし。責て早く夜になとなれ。こうだによってと、これで二晩目かな。 などと思う事が次第に糾れて、それなりけりに夢さ。 大分永く眠っていたと見えて、眼を覚して・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・両側の塀の中からは蝉やあぶらやみんみんやおうしの声が、これでもまだ太陽の照りつけ方が足りないとでも云うように、ギン/\溢れていた。そしてどこの門の中も、人気が無いかのようにひっそり閑としていて、敷きつめた小砂利の上に、太陽がチカ/\光ってい・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そして、ちょうど太陽の光の反射のなかへ漕ぎ入った船を見たとき、「あの逆光線の船は完全に影絵じゃありませんか」 と突然私に反問しました。K君の心では、その船の実体が、逆に影絵のように見えるのが、影が実体に見えることの逆説的な証明になる・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・僕等は生れてこの天地の間に来る、無我無心の小児の時から種々な事に出遇う、毎日太陽を見る、毎夜星を仰ぐ、ここに於てかこの不可思議なる天地も一向不可思議でなくなる。生も死も、宇宙万般の現象も尋常茶番となって了う。哲学で候うの科学で御座るのと言っ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・今や落日、大洋、清風、蒼天、人心を一貫して流動する所のものを感得したり。 かるが故にわれは今なお牧場、森林、山岳を愛す、緑地の上、窮天の間、耳目の触るる所の者を愛す、これらはみなわが最純なる思想の錨、わが心わが霊及びわが徳性の乳母、導者・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・しかし大洋のうねりのように高低起伏している。それも外見には一面の平原のようで、むしろ高台のところどころが低く窪んで小さな浅い谷をなしているといったほうが適当であろう。この谷の底はたいがい水田である。畑はおもに高台にある、高台は林と畑とでさま・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・この原稿はほんの大要を書き止めて置いたのだから読んだってわからないからねエ。』 夢からさめたような目つきをして大津は目を秋山の方に転じた。『詳しく話して聞かされるならなおのことさ。』と秋山が大津の目を見ると、大津の目は少し涙にう・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・そこで彼はその幼時を大洋の日に焼かれた。それ故「海の児」「日の児」としての烙印が彼の性格におされた。「われ日本の大船とならん」というような表現を彼は好んだ。また彼の消息には「鏡の如く、もちひのやうな」日輪の譬喩が非常に多い。 彼の幼時の・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫