・・・しばらく見ませんけれど、山やに商売に出ているお友だちがあって、ちょいちょいおいでた。その縁談がうまくゆかないんですの。そんなら逢うてお話してあげなすったらいいでしょうに。お婿さんはどんな方です」「医大の生徒なんだ。どっちがどうだかわから・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・道をきくと、車夫のくせに、四辻の事を十字街だの、それから約一丁先だのと言うよ。ちょいと向の御稲荷さまなんていう事は知らないんだ。御話にゃならない。大工や植木屋で、仕事をしたことを全部完成ですと言った奴があるよ。銭勘定は会計、受取は請求という・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・すると、その、ちょいと、小手を取ったんだあね」「ふうん。とうとう小手を取られたのかい」「とうとう小手を取られたんだあね。ちょいと小手を取ったんだが、そこがそら、竹刀を落したものだから、どうにも、こうにもしようがないやあね」「ふう・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「そんなことを言ッてなさッちゃア困りますよ。ちょいとおいでなすッて下さい。花魁、困りますよ」と、吉里の後から追い縋ッたのはお熊という新造。 吉里は二十二三にもなろうか、今が稼ぎ盛りの年輩である。美人質ではないが男好きのする丸顔で、し・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・やさしい為事だなあ。ちょいとしゃがめば、ちょいと手に攫めると云う為事で、あぶなげのないのでなくちゃ厭だ。そう云う旨い為事があるのかい。福の神の髻を攫んで放さないと云う為事だ。どうかすると、おめえそんなのを一週間に一度ずつこっそりやるのかも知・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・新進文士でも二三の作が少し評判がいいと、すぐに住いや暮しを工面する。ちょいと大使館書記官くらいな体裁にはなってしまう。「当代の文士は商賈の間に没頭せり」と書いた Porto-Riche は、実にわれを欺かずである。 ピエエル・オオビュル・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 口々の不平を泰然と岡本はちょいと意地悪そうに眉根をぴりりとさせながら、「生憎海老が切れましたから蝦姑にいたしました」と答えた。――忠一や篤介と岡本は仲が悪く、彼等は彼女がその部屋におるのに庭を見ながら、「おい、うらなりだね・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ この話をしてから、花房は病人をちょいちょい見るようになったのであった。そして翁の満足を贏ち得ることも折々あった。 翁の医学は Hufeland の内科を主としたもので、その頃もう古くなって用立たないことが多かった。そこで翁は新しい・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・するとわたくしまあ、ちょいと泣き出したかも知れませんのね。男。ははあ。なるほど。なるほど。貴夫人。ところが一頭曳では黙っていると云うことがなんでも無い事になってしまいます。なぜと云ってご覧なさいまし。物を言ったって聞えないほどやかま・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・己はちょいと横目で、書棚にある書物の背皮を見た。グルンドヴィグ、キルケガアルド、ヤアコップ・ビョオメ、アンゲルス・シレジウス、それからギョオテのファウストなどがある。後に言った三つの書物は、背革の文字で見ると、ドイツの原書である。エルリング・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫