・・・あげくの果には、私の大事な新芽を、気が狂ったみたいに、ちょんちょん摘み切ってしまって、うむ、これでどうやら、なんて真顔で言って澄ましているのよ。私は、苦笑したわ。あたまが悪いのだから、仕方がないのね。あの時、新芽をあんなに切られなかったら、・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・眼をぱちぱちさせて起き上り、ちょんと廊下の欄干にとまって、嘴で羽をかいつくろい、翼をひろげて危げに飛び立ち、いましも斜陽を一ぱい帆に浴びて湖畔を通る舟の上に、むらがり噪いで肉片の饗応にあずかっている数百の神烏にまじって、右往左往し、舟子の投・・・ 太宰治 「竹青」
・・・自分は白いネルをちょん切っただけのものを襟巻にしていた。それが知らぬ間にひどくよごれてねずみ色になっているのを先生が気にしていた。いつか行ったとき無断で没収され、そうして強制的にせんたくを執行された上で返してくれたことがあった。そのネルの襟・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・右手の車庫のトタン屋根に雀が二羽、一羽がちょんちょんと横飛びをして他の一羽に近よる。ミーラヤ、ラドナーヤとでも囀っているのか。相手は逃げて向うの電柱の頂へ止まる。追いかけてその下の電線へ止まる。頂上のはじっとして動かない。下のは絶えず右に左・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・と仁王立になった信玄と、ちょんびり、出立の用意を命じて思い入れした信玄とが短くつながって幕になってしまったのである。 早苗の死、其に連関して全く消極の働きを起した老傅役の自殺、子義信の反乱が、信玄の心にどう影響したか。自分は其が知りたか・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ズーッと少しまげて、ちょん。これで片方。こっちは、やっぱり始めに力を入れて、外へふくらがして――ちょん。」口でいいながら、三寸四角位の中に一ついの字を書いた。 指の覚えもなく、息を殺して白い、春の光に特に白い紙の面を見つめていた私は、上・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・見えない運動場の隅から響いて来るときの声、すぐ目の前で、「おーひとおぬけ、おーふたおぬけ、ぬけた、ちょんきり、おじゃみさーあくら」と調子をつけて唱う声々の錯綜。―― その声と光に包まれながら、自分が廊下をゆっくり、ゆっくり歩いて・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・恥かしい気もうじうじする気も私の心の隅にはちょんびりも生れて来なかった。 御供をし又それを静かに引いて柩は再び皆の手に抱かれて馬車にのせられ淋しい砂利路を妹の弟と身内の誰彼の眠って居る家の墓地につれられた。 赤子のままでこの世を去っ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・頻りにそうやっているうちに、どうも敢て近づく気がしないのだろう、ちょん、ちょんと、また元の枝まで戻ってしまった。それでも気になるらしく、低い声で、喉を鳴らしているのである。 今度は、同じ鳥の雄が来た。やはり同じ径路を繰り返す。 可哀・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・五六人の男の踊り手が、黒い装で、ちょんびり人体力学の真似をやる。 が、諸君、おどろくな。この最後の一幕を通じて、凡そ二百人ばかりの、白いシャツを着た大群集が順ぐり高さの違う台の上にキレイに立ち並ばせられたまま、滝が落ちようが、石油が燃え・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫