・・・詩は花やかな対句の中に、絶えず嗟嘆の意が洩らしてある。恋をしている青年でもなければ、こう云う詩はたとい一行でも、書く事が出来ないに違いない。趙生は詩稿を王生に返すと、狡猾そうにちらりと相手を見ながら、「君の鶯鶯はどこにいるのだ。」と云っ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ 芸術の目的が人間の理想の追求であり、そして、この芸術的感激が現実に対する不充、反抗に他ならんとしたら、そこに、妥協されない何ものかゞなくてはならぬ。 社会的であること、言い換えれば人生的であること、個人的であることゝは、その目的に・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・しかし、日本の文学は日本の伝統的小説の定跡を最高の権威として、敢て文学の可能性を追求しようとはしない。外国の近代小説は「可能性の文学」であり、いうならば、人間の可能性を描き、同時に小説形式の可能性を追求している点で、明確に日本の伝統的小説と・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・彼もこれ以上Kに追求されては、ほんとうは泣き出すほかないと云ったような顔附になる。彼にはまだ本当に、Kのいうその恐ろしいものの本体というものが解らないのだ。がその本体の前にじり/\引摺り込まれて行く、泥沼に脚を取られたように刻々と陥没しつゝ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・彼はこういった調子で、追求してくるのだ。「そりゃ返す意志だよ。だから……」「だから……どうしたと言うんかね? 君はその意志を、ちっとも表明するだけの行為に出ないじゃないか。いったい今度の金は、どうかして君の作家としての生活を成立させ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ といよいよその最後まで同じ調子で追求して来たのを聞くと、吉田はにわかにぐっと癪にさわってしまった。それは吉田が「そこまで言ってしまってはまたどんな五月蝿いことになるかもしれない」ということを急に自覚したのにもよるが、それと同時にそこま・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」 そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下って行った。 梶井基次郎 「檸檬」
・・・大乗の宗教はしかしそこまで徹しなければならないのであるが、倫理学が宗教ならぬ道徳の学であり、人間らしい行為の追求を旨としなくてはならぬ以上、実質的価値の倫理学は人倫の要求により適わしいといわねばならぬ。いずれにせよ、この形式主義か実質主義か・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・よりは、まだしも獲得の本能にもとづく肉慾追求の青年をとるものだ。「銀ぶら」「喫茶店めぐり」、背広で行くダンス・ホール、ピクニック、――そうした場所で女友を拾い、女性の香気を僅かにすすって、深入りしようとも、結婚しようともせず、春の日を浮き浮・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・をセンチメンタルだと評する人もあるが、あの中には「運命に毀たれぬ確かなもの」を追求しようとする強い意志が貫いているのだ。 ただ私は当時物質的苦労、社会的現実というもの、つまり「世間」を知らなかったから、今の私から見て甘いことはたしかに甘・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
出典:青空文庫