・・・ よせ鍋でも作りましょうか?」 と客にたずねます。私には、その時、或る事が一つ、わかりました。やはりそうか、と自分でひとり首肯き、うわべは何気なく、お客にお銚子を運びました。 その日は、クリスマスの、前夜祭とかいうのに当っていたよう・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・例えば悪趣味で人を呼ぶ都会の料理屋の造り庭の全く無意味なこけおどしの石燈籠などよりも、寸分無駄のない合理的な発電所や変圧所の方がどのくらい美しく気持がよいか比較にならないように思われるのである。 進むに従って両岸の景色が何となく荒涼に峻・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・そしてそこにも、まだ木香のするような借家などが、次ぎ次ぎにお茶屋か何かのような意気造りな門に、電燈を掲げていた。 私たちは白い河原のほとりへ出てきた。そこからは青い松原をすかして、二三分ごとに出てゆく電車が、美しい電燈に飾られて、間断な・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・そしてこの竹びしゃく作りなら、熊本の警察がいくら朝晩にやってこようと、くびになる怖れがなかった。「しかし、彼女は竹びしゃく作りの女房になってくれるだろうか?」 そして、またそこへくると、三吉はギクリとする。鼻がたかくて、すこし頭髪の・・・ 徳永直 「白い道」
・・・御飯焚のお悦、新しく来た仲働、小間使、私の乳母、一同は、殿様が時ならぬ勝手口にお出での事とて戦々恟々として、寒さに顫えながら、台所の板の間に造り付けたように坐って居た。 父は田崎が揃えて出す足駄をはき、車夫喜助の差翳す唐傘を取り、勝手口・・・ 永井荷風 「狐」
・・・「蜜を含んで針を吹く」と一人が評すると「ビステキの化石を食わせるぞ」と一人が云う。「造り花なら蘭麝でも焚き込めばなるまい」これは女の申し分だ。三人が三様の解釈をしたが、三様共すこぶる解しにくい。「珊瑚の枝は海の底、薬を飲んで・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・それは考えられた自己たるに過ぎない。かかる自己に執着するのが迷である。絶対否定即肯定ということは、判断的自己の立場からいい得ることではない。それは作り作られる歴史的自己の立場、生死的自己の立場においてでなければならない。道元は自己をならうこ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・が安岡は作りつけられたように、片っ方の眼だけで便所の入り口を見張り続けた。 深谷は便所に入ると、ドアを五分ばかり閉め残して、そのすき間から薄暗い電燈に照らし出された、ガランとした埃だらけの長い廊下をのぞいていた。「やっぱり便所だった・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・左れば今婦人をして婦人に至当なる権利を主張せしめ、以て男女対等の秩序を成すは、旧幕府の門閥制度を廃して立憲政体の明治政府を作りたるが如し。政治に於て此大事を断行しながら人事には断行す可らざるか、我輩は其理由を見るに苦しむものなり。況して其人・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・別荘造りのような構えで、真ん中に広い階段があって、右の隅に寄せて勝手口の梯が設けてある。家番に問えば、目指す家は奥の住いだと云った。 オオビュルナンは階段を登ってベルを鳴らした。戸の内で囁く声と足音とがして、しばらくしてから戸が開いた。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫