・・・有事弟子服其労、有酒食先生饌、曾以是為孝乎。行儀の好いのが孝ではない。また曰うた、今之孝者是謂能養、至犬馬皆能有養、不敬何以別乎。体ばかり大事にするが孝ではない。孝の字を忠に代えて見るがいい。玉体ばかり大切する者が真の忠臣であろうか。もし玉・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・腹心の、子飼の弟子ともいうべき子分達に、一人残らず背かれたことは、彼にとって此上ない淋しいことであった。川村にしても、高橋にしても、斎藤にしても、小野にしても、其他十数人の、彼を支持する有力な子分は、皆組合の手に奪われてしまったのだ。 ・・・ 徳永直 「眼」
・・・女児一群、紅紫隊ヲ成ス者ハ歌舞教師ノ女弟子ヲ率ルナリ。雅人ハ則紅袖翠鬟ヲ拉シ、三五先後シテ伴ヲ為シ、貴客ハ則嬬人侍女ヲ携ヘ一歩二歩相随フ。官員ハ則黒帽銀、書生ハ則短衣高屐、兵隊ハ則洋服濶歩シ、文人ハ則瓢酒ニシテ逍遥ス。茶肆ノ婢女冶装妖飾、媚・・・ 永井荷風 「上野」
・・・中には停止して動かぬのもある。」 此の景は池之端七軒町から茅町に到るあたりの汀から池を見たものであろう。作者は此の景を叙するに先だって作中の人物が福地桜痴の邸前を過ぎることを語っている。桜痴居士の邸は下谷茅町三丁目十六番地に在ったのだ。・・・ 永井荷風 「上野」
・・・山崎洋服店の裁縫師でもなく、天賞堂の店員でもないわれわれが、銀座界隈の鳥瞰図を楽もうとすれば、この天下堂の梯子段を上るのが一番軽便な手段である。茲まで高く上って見ると、東京の市街も下にいて見るほどに汚らしくはない。十月頃の晴れた空の下に一望・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・道は少し北へ曲って、長屋の間を行くこと半町ばかりにして火の見梯子の立っている四辻に出る。このあたりを大音寺前と称えたのは、四辻の西南の角に大音寺という浄土宗の寺があったからである。辻を北に取れば竜泉寺の門前を過ぎて千束稲荷の方へ抜け、また真・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・同時に胃嚢が運動を停止して、雨に逢った鹿皮を天日で乾し堅めたように腹の中が窮窟になる。犬が吠えれば善いと思う。吠えているうちは厭でも、厭な度合が分る。こう静かになっては、どんな厭な事が背後に起りつつあるのか、知らぬ間に醸されつつあるか見当が・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ろさざるなり、ペダルに足をかけざるなり、ただ力学の原理に依頼して毫も人工を弄せざるの意なり、人をもよけず馬をも避けず水火をも辞せず驀地に前進するの義なり、去るほどにその格好たるやあたかも疝気持が初出に梯子乗を演ずるがごとく、吾ながら乗るとい・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・実を言うと今登った高原君、あれは私が高等学校で教えていた時分の御弟子であります。ああいう立派なお弟子を持っているくらいでありますから、私もよほど年を取りました。その私がまだ若い時の事ですからまあ昔といっても宜しゅうございましょう。今考えると・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・すべての芸術とすべての宗教とは、各の読者と各の弟子たちにまで、彼等自身の趣味を反映させるにすぎないだらう。たとへば日蓮は日蓮の個性に於て、親鸞は親鸞の個性に於て、同じ一人の釈迦を別々に解釈し――ああいかに彼等の解釈がちがつてゐたか。――そし・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
出典:青空文庫