・・・ あらゆる文学が、芸術的表現・社会表現としての性質からそうであるように、歴史文学も、歴史の現実とのかかわり合いかたによって、逃避ともなるし文学の廃頽となっても現れるということについて戒心されなければなるまいと思う。 註 本文に引・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・団体行動の流行は、一人一人の人間としての向上に細かい目を向けないで、ただそこへくっついていさえすればいいのだからという逃避の無責任さを、一層細心にとりのぞいて行かなければなるまい。 若い娘たちの行進の美しさと心をたかめる力は、そこに肉体・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・今日のひとが山を好むのは、さわがしい下界からの逃避の心持からばかりではないだろうと思う。自分の体力、智力、自分とひととの経験の総和についての知識とその実力とが、むき出しな自然の動きと直面し対決してゆく、その味わいでの山恋いではないだろうか。・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ 明治末期から大正にかけて、日本のブルジョア・インテリゲンツィアの文学の一つを代表した作家夏目漱石は、文学的生涯の終りに、自分のリアリズムにゆきづまって、東洋風な現実からの逃避の欲望と、近代的な現実探究の態度との間に宙ぶらりんとなって、・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・場合になると、漢文脈の熟語、形容詞をつかって、こんにちの読者にはふり仮名なしにはよめない麗句で朝日ののぼる姿を描き、あるいは、余情綿々たる和文調で草木の美を叙し、しかも根本を貫いている思想は、自然への逃避を志す東洋的態度の旧套を脱せず、人間・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・あの映画が現在のアメリカが経済的な行詰りを感じていながら、それを徹底的な方向で打開し得ず人々の心がまた現在自分たちの置かれている矛盾や困難を写実的にとりあげた作品を喜ばないような逃避的な気持にいる、その一面の現れがあの映画にでている訳でしょ・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・ 文学におけるロマンチシズムは、初め十九世紀の或る進歩性として現れ、つづいて現実逃避として自身を色彩づけ、現在はドイツにおいて明らかなようにファシズムの虹として役割を果しつつある。 亀井氏は嘗て左翼の文学に近くあったことがある。昨今・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・その評の当否は簡単には云えないけれども、もしそういう傾向が見られたとして、それはその頃の一般の生活意欲がどんなに創造的なものを求め、それをうち立てて行こうとする熱意に満ちていたかという事実を如実に語っているのだと思われる。生活そのものに生新・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・にうごかされ、高らかにロマンティシズムの調を謳いつつ、藤村の詩がその第一詩集から形式・用語において過去の日本文学和文派の遺産の上に立っていたことは、自然に身をうちまかせる彼の情緒の本質がやはり自然への逃避の性質を多分にもっていたことを語って・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・とばかり執拗に、果敢に破綻をもおそれず、即発燃焼を志して一箇の芸術境をきずいて行った姿というものは、平俗に逃避したりおさまったりした枯淡と何等の通じるものをもっていない。はりつめて対象の底にまで流れ入り、それを浮上らせている精神の美があるか・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
出典:青空文庫