・・・「だが、何だってお前たちは、この女を素裸でこんな所に転がしとくんだい。それに又何だって見世物になんぞするんだい」と云い度かった。奴等は女の云う所に依れば、悪いんじゃないんだが、それにしてもこんな事は明に必要以上のことだ。 ――こいつ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・平田はすぐその眼を外らし、思い出したように猪口を取ッて仰ぐがごとく口へつけた、酒がありしや否やは知らぬが。 吉里の眼もまず平田に注いだが、すぐ西宮を見て懐愛しそうににッこり笑ッて、「兄さん」と、裲襠を引き摺ッたまま走り寄り、身を投げかけ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・仮令命を失ふとも心を金石のごとくに堅くして義を守るべし。 幼稚の時より男女の別を正くして仮初にも戯れたる事を見聞せしむ可らずと言う。即ち婬猥不潔のことは目にも見ず耳にも聞かぬようにす可しとの意味ならん。至極の教訓なり。是等は都て・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・左れば我輩は女大学を見て女子教訓の弓矢鎗剣論と認め、今日に於て毫も重きを置かずと雖も、論旨の是非は擱き、記者が女子を教うるの必要を説く其熱心に至りては唯感服の外なし。依て今我輩の腹案女子教育説の大意を左に記し、之を新女大学と題して地下に記者・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・余輩はただ今後の成行に眼をつけ、そのいずれかまず直接法の不便利を悟りて、前に出したる手を引き、口を引き、理屈を引き、さらに思想を一層の高きに置きて、無益の対陣を解く者ならんと、かたわらより見物して水掛論の落着を待つのみ。 この全編の大略・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・これを企望すること切なれども、誰に向てその利害を説くべき路を知らず。故に今この冊子を記して、幸に華族その他有志者の目に触れ、為に或は学校設立の念を起すことあらば幸甚というべきのみ。一、維新の頃より今日に至るまで、諸藩の有様は現に今人の目・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・しかのみならず今日に至ては、その御広間もすでに湯屋の薪となり、御記録も疾く紙屑屋の手に渡りたるその後において、なお何物に恋々すべきや。また今の旧下士族が旧上士族に向い、旧時の門閥虚威を咎めてその停滞を今日に洩らさんとするは、空屋の門に立て案・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・これをもって教育の本旨とするは当らざるに似たれども、人生発達の点に眼を着すれば、この疑を解くに足るべし。そもそも人生の智識、未だ発せざるに当りては、心身の働、ただ形体の一方に偏するを常とす。いわゆる手もて口に接する小児の如き、これなり。野蛮・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・さる無駄口に暇潰さんより手取疾く清元と常磐津とを語り較べて聞かすが可し。其人聾にあらざるよりは、手を拍ってナルといわんは必定。是れ必竟するに清元常磐津直接に聞手の感情の下に働き、其人の感動を喚起し、斯くて人の扶助を待たずして自ら能く説明すれ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・で、そのジレンマを頭で解く事は出来ぬが、併し一方生活上の必要は益迫って来るので、よんどころなくも『浮雲』を作えて金を取らなきゃならんこととなった。で、自分の理想からいえば、不埒な不埒な人間となって、銭を取りは取ったが、どうも自分ながら情ない・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫