・・・これはたいへん立派な言葉のように聞えますが、実は狡猾な醜悪な打算に満ち満ちている遁辞です。君はいったい、いまさら自分が誠実な人間になれると思っているのですか。誠実な人間とは、どんな人間だか知っていますか。おのれを愛するが如く他の者を愛する事・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・書きたいことは多いが苦しいから許してくれ玉えとある文句は露佯りのない所だが、書きたいことは書きたいが、忙がしいから許してくれ玉えと云う余の返事には少々の遁辞が這入って居る。憐れなる子規は余が通信を待ち暮らしつつ、待ち暮らした甲斐もなく呼吸を・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・この口実も一応もっともなるに聞こゆれども、到底許すべからざるの遁辞のみ。身に覚えたる才学なしというか。けだし多く文字を知らざることならん。されども子供の教育に文字を教うるはただその一部分にして、知字のほかに眠食の教えあり、坐作の教えあり、運・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・これは我が国の上流、殊に西洋家と称する一類の中に行わるる言なれども、全く無力の遁辞口実たるに過ぎず。そもそも人生の気力を平均すれば至って弱き者にして、ややもすれば艱難に敵して敗北すること少なからざるの常なり。然るに内行を潔清に維持して俯仰慚・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・わば兄弟朋友間の争いのみ、当時東西相敵したりといえどもその実は敵にして敵にあらず、兎に角に幕府が最後の死力を張らずしてその政府を解きたるは時勢に応じて好き手際なりとて、妙に説を作すものあれども、一場の遁辞口実たるに過ぎず。内国の事にても朋友・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・と云う厭うべき遁辞の裡に美化しようとするのみならず、小溝も飛べない弱さを、優美とし「珍重」する男性は、その遁辞を我からあおって、自分等の優越を誇って居ります。 此等に気焔を上げてしまいましたが、とにかく、此の積極的という事は、万事に就て・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫