序ぼくは農学校の三年生になったときから今日まで三年の間のぼくの日誌を公開する。どうせぼくは字も文章も下手だ。ぼくと同じように本気に仕事にかかった人でなかったらこんなもの実に厭な面白くもないものにちがいな・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・「へえ、どうせ美味しいものは出来ませんですが、致して見ましょう」「賄ともで幾何です?」 神さんは「さあ」と躊躇した。「生憎ただ今爺が御邸へまいっていてはっきり分りませんが――賄は一々指図していただくことにしませんと…・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・だがどうせ立派な形はしていないのだ」 境内を廻って、観音を拝んで、見識人を桜井に逢わせて貰った礼を言った。それから蔵前を両国へ出た。きょうは蒸暑いのに、花火があるので、涼旁見物に出た人が押し合っている。提灯に火を附ける頃、二人は茶店で暫・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・無論相手の破落戸はそれには困らない。どうせ骨牌を裏から見て知っているからである。しかしきょうはもう廃す気になっていた。「いや。もうこのくらいで御免を蒙りましょう。」わざと丁寧にこう云って、相手は溝端からちょっと高い街道にあがった。「・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・しかしまたしては、「やっぱりそうなった方が、あいつのためには為合せかも知れない、どうせ病身なのだから」と思っては自分で自分を宥めて見るのである。そのうち寐入ってしまった。 ヴェロナ・ヴェッキアに着いた。汽車に揺られて、節々が痛む上に、半・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫