・・・坂を馳け下りんとの野心あればなり、坂の長さ二丁余、傾斜の角度二十度ばかり、路幅十間を超えて人通多からず、左右はゆかしく住みなせる屋敷ばかりなり、東洋の名士が自転車から落る稽古をすると聞いて英政府が特に土木局に命じてこの道路を作らしめたかどう・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ ことし四月某日、土木、功を竣め、新たに舎の規律勧戒を立てり。こいねがわくは吾が党の士、千里笈を担うてここに集り、才を育し智を養い、進退必ず礼を守り、交際必ず誼を重じ、もって他日世になす者あらば、また国家のために小補なきにあらず。かつま・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・作家は、社会的な人間としての自分を自身にとり戻して、そのことで観念の奴僕ではない人間精神の積極的な可能を自身に知らなければならないであろう。例えば長篇小説の非文学的な状況の打破も、芸術文学としての長篇の在りようにおいて見きわめられなければな・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・と呼ぶのは、決して、奴僕が雇主を指して云うような感情を持ってはいない。丁度、英語を喋る国の女が、自分の良人を第三者に対して話す時には、ミスター・誰々と姓を呼ぶ、それと共通な心理なのだと抗議を申し込むでしょう。 言語、習俗が著しく異った場・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・又幕府の小石川関口の水道工事の役人になって何年か過したが、この経済的に不遇な感受性の烈しい土木工事監督の小役人は、その間に官金を使いこんだ廉で奉行所から処分されたりもしている。 明け暮れのたつきは小役人として過しており、芸術に向う心では・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・それは、いかにも大きい板をこしらえたどこかの土木業の誰かが勢こんで筆をふるったという風な文字で、肉太で、べろべろして、ちっとも立派ではなかった。しかし、その大看板が車よせの庇の上で、うららかな冬日を満面にうけているところは、粗野だが真情のあ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・この土地で奴僕の締める浅葱の前掛を締めている。男は響の好い、節奏のはっきりしたデネマルク語で、もし靴が一足間違ってはいないかと問うた。 果して己は間違った靴を一足受け取っていた。男は自分の過を謝した。 その時己はこの男の名を問うたが・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫