・・・ 道太たちが長火鉢に倚ろうとすると、彼女は中の間の先きの庭に向いた部屋へ座蒲団を直して、「そこは暑いぞに。ここへおいでたら」と勧めた。「この家も久しいもんだね。また取り戻したんだね」「え、取り戻したというわけじゃないけれど、・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 二タうね撒いて、腰を延ばした善ニョムさんは、首をグッと反らして、青い天を仰いでからユックリもとの位置へ首を直した。「おや、また普請したぞい……」 フト目に入った山荘庵の丘の上に、赤い瓦の屋根が見えた。「また俺らの上納米で建・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・さてはまた長雨の晴れた昼すぎにきく竿竹売や、蝙蝠傘つくろい直しの声。それらはいずれもわたくしが学生のころ東京の山の手の町で聞き馴れ、そしていつか年と共に忘れ果てた懐しい巷の声である。 夏から秋へかけての日盛に、千葉県道に面した商い舗では・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・火をつけ直した蚊遣の煙が、筒に穿てる三つの穴を洩れて三つの煙となる。「今度はつきました」と女が云う。三つの煙りが蓋の上に塊まって茶色の球が出来ると思うと、雨を帯びた風が颯と来て吹き散らす。塊まらぬ間に吹かるるときには三つの煙りが三つの輪を描・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・就中幼少の時、見習い聞き覚えて習慣となりたることは、深く染み込めて容易に矯め直しの出来ぬものなり。さればこそ習慣は第二の天性を成すといい、幼稚の性質は百歳までともいう程のことにて、真に人の賢不肖は、父母家庭の教育次第なりというも可なり。家庭・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・それからピエエルは体を楽にして据わり直して、手紙を披いて読んだ。 ―――――――――――――――――――― イソダン。五月二十三日。 なぜわたくしは今日あなたに出し抜けに手紙を上げようと決心いたしたのでしょう・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・と出来た。これにしようと、きめても見た。しかし落ちつかぬ。平凡といえば平凡だ。海楼が利かぬと思えば利かぬ。家の内だから月夜に利かぬ者とすれば家の外へ持って行けば善い。「桟橋に別れを惜む月夜かな」と直した。この時は神戸の景色であった。どうも落・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・午后はみんなでテニスコートを直したりした。四月二日 水曜日 晴今日は三年生は地質と土性の実習だった。斉藤先生が先に立って女学校の裏で洪積層と第三紀の泥岩の露出を見てそれからだんだん土性を調べながら小船渡の北上の岸へ行・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ ところで、この旅行記一巻の中に、そのように一人の日本女をこね直したほど強力な、ソヴェト同盟の社会生活の全幅がもられているか? いや。ここに集められている旅行記は断片的だ。それに、書きかたが、多く、自分の古い技術のかたによって書かれ・・・ 宮本百合子 「若者の言葉(『新しきシベリアを横切る』)」
・・・ なまめいたそらだきの末坐になみ居る若人の直衣の袖を掠めると乱れもしない鬢をきにするのも女房達が扇でかおをかくしながら目だけ半分のぞかせては、陰から陰へ、「マア御らんなさいませ、あの弟君を! マア何と云うネエ、……」と目引き袖ひ・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫