・・・と自分をよぶ声がします。はてなと思って見回しましたがだれも近くにいる様子はないから羽をのばそうとしますと、また同じように「燕、燕」とよぶものがあります。燕は不思議でたまりません。ふと王子のお顔をあおいで見ますと王子はやさしいにこやかな笑みを・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ はてな。人が殺されたという事実がそれだろうか。自分が、このフレンチが、それに立ち会っていたという事実がそれだろうか。死が恐ろしい、言うに言われぬ苦しいものだという事実がそれであろうか。 いやいや。そんな事ではない。そんなら何だろう・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・「はてな。」 立花は思わず、膝をついて、天井を仰いだが、板か、壁か明かならず、低いか、高いか、定でないが、何となく暗夜の天まで、布一重隔つるものがないように思われたので、やや急心になって引寄せて、袖を見ると、着たままで隠れている、外・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・御先祖の霊前に近く、覚悟はよいか、嬉しゅうござんす、お妻の胸元を刺貫き――洋刀か――はてな、そこまでは聞いておかない――返す刀で、峨々たる巌石を背に、十文字の立ち腹を掻切って、大蘇芳年の筆の冴を見よ、描く処の錦絵のごとく、黒髪山の山裾に血を・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・「時ならぬ時分に、部屋へぼんやりと入って来て、お腹が痛むのかと言うて聞いたでござりますが、雑所先生が小使溜へ行っているように仰有ったとばかりで、悄れ返っておりまする。はてな、他のものなら珍らしゅうござりませぬ。この児に限って、悪戯をして・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・「余り希代だから、はてな、これは植木屋の荷じゃあなくッて、どこへか小屋がけをする飾につかう鉢物で、この爺は見世物の種かしらん、といやな香を手でおさえて見ていると、爺がな、クックックッといい出した。 恐しい鼻呼吸じゃあないか、荷車に積・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・……あの老尼は、お米さんの守護神――はてな、老人は、――知事の怨霊ではなかったか。 そんな事まで思いました。 円髷に結って、筒袖を着た人を、しかし、その二人はかえって、お米さんを秘密の霞に包みました。 三十路を越えても、窶れても・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・「おや、はてな、獅子浜へ出る処だと思ったが。」「いいえ、多比の奥へ引込んだ、がけの処です。」「ああ、竜が、爪で珠をつかんでいようという肝心の処だ。……成程。」「引返しましょうよ。」「車はかわります。」 途中では、遥に・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・…… はてな、そういえば、朝また、ようをたした時は、ここへ白い手が、と思う真中のは、壁が抜けて、不状に壊れて、向うが薮畳みになっていたのを思出す。……何、昨夜は暗がりで見損ったにして、一向気にも留めなかったのに。…… ふと、おじさん・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ ふッと眼が覚めると、薄暗い空に星影が隠々と見える。はてな、これは天幕の内ではない、何で俺は此様な処へ出て来たのかと身動をしてみると、足の痛さは骨に応えるほど! 何さまこれは負傷したのに相違ないが、それにしても重傷か擦創かと、傷・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫