・・・殿「何だえ……御覧なさい、あの通りで……これ誰か七兵衞に浪々酌をしてやれ、膳を早く……まア/\これへ……えゝ此の御方は下谷の金田様だ、存じているか、これから御贔屓になってお屋敷へ出んければ成らん」金田「予て噂には聞いていたが未だしみ・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・ 私が早く自分の配偶者を失い、六歳を頭に四人の幼いものをひかえるようになった時から、すでにこんな生活は始まったのである。私はいろいろな人の手に子供らを託してみ、いろいろな場所にも置いてみたが、結局父としての自分が進んでめんどうをみるより・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ウイリイは、その朝早く起きて窓の外を見ますと、家の戸口のまん前に、昨日までそんなものは何にもなかったのに、いつのまにか、きれいな小さな家が出来ていました。ふた親もおどろいて出て見ました。上から下まできれいな彫り飾りがついたりしていて、ウイリ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・その若い女のひとが、朝早く日本橋の或る銀行に出勤する。そのあとに私が行って、そうして四、五時間そこで仕事をして、女のひとが銀行から帰って来る前に退出する。 愛人とか何とか、そんなものでは無い。私がそのひとのお母さんを知っていて、そうして・・・ 太宰治 「朝」
・・・富士の美しく霞んだ下に大きい櫟林が黒く並んで、千駄谷の凹地に新築の家屋の参差として連なっているのが走馬燈のように早く行き過ぎる。けれどこの無言の自然よりも美しい少女の姿の方が好いので、男は前に相対した二人の娘の顔と姿とにほとんど魂を打ち込ん・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・通例そのような傾向は、かなりに早くから現われるものである。それだから自分の案では、中等学校の三年頃からそれぞれの方面に分派させるがいいと思う。その前に教える事は極めて基礎的なところだけを、偏しない骨の折れない程度に止めた方がいい。それでもし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・映画には、俳優が第二義で監督次第でどうにでもなるという言明の真実さが証明されている。端役までがみんな生きてはたらいているから妙である。 最後の場面でおつたが取り落とした錦絵の相撲取りを見て急に昔の茂兵衛のアイデンティティーを思い出すとこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そうして端役に出る無表情でばかのような三人の門付け娘が非常に重大な「さびしおり」の効果をあげているようである。 男役のほうはどうもみんな芝居臭さが過ぎて「俳諧」をこわしているような気がする。どうして、もう少し自然に物事ができないものかと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ この一座には立役者以外の端役になかなか芸のうまい人が多いようである。この一座に限らず芝居の面白味の半分は端役の力であることは誰でも知っているらしいが、しかし誰も端役のファンになって騒ぐ人はないようである。騒がれることなしに名人になりた・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ で、わたしは気忙しい思いで、朝早く停留所へ行った。 その日も桂三郎は大阪の方へ出勤するはずであったが、私は彼をも誘った。「二人いっしょでなくちゃ困るぜ。桂さんもぜひおいで」私は言った。「じゃ私も行きます」桂三郎も素直に応じ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫