・・・家中一同は彼らを死ぬべきときに死なぬものとし、恩知らずとし、卑怯者としてともに歯せぬであろう。それだけならば、彼らもあるいは忍んで命を光尚に捧げるときの来るのを待つかも知れない。しかしその恩知らず、その卑怯者をそれと知らずに、先代の主人が使・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そりゃあ卑怯だ。おれはまるで馬鹿にされたようなものだ。銭は手めえが皆取ってしまったじゃないか。もっとやれ。」ツァウォツキイの声は叫ぶようであった。 相手は聴かなかった。雨は降るし、遅くもなっているし、もうどうしても廃すのだ。その代り近い・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・これらの仏画を眼中に置いて現在の日本画を見れば、その弱さと薄さ、その現実を逃避する卑怯な態度などにおいて、明らかに絵の具の罪よりも画家の罪が認められるのである。色彩のみならず線の引き方においても、リズムの貧弱な、ノッペリとした現在の線は、絵・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・この「不覊なる想いと繋がれたる意志」との二様生活こそダンテの真髄である。ヴェロナにありて、森の奥深くさまよいては栄ある天堂を思い、街を歩みては「あれこそ地獄より帰りし人よ」と指さされる。この悲境にあって詩人は深厳なる人世の批評をなしつつ断乎・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫