・・・世には、我が子が、病気の時にも、自から看護をせず、看護婦や、家政婦の如き、人手を頼んでこれに委して、平気でいるものがないではない。その方が手がとゞくからという考えが伏在するからです。金というものがいかばかり人間の魂を堕落に導いたか知れない。・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
私がまだ六つか七つの時分でした。 或日、近所の天神さまにお祭があるので、私は乳母をせびって、一緒にそこへ連れて行ってもらいました。 天神様の境内は大層な人出でした。飴屋が出ています。つぼ焼屋が出ています。切傷の直ぐ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・…青いクロース背に黒文字で書名を入れた百四十八頁の、一頁ごとに誤植が二つ三つあるという薄っぺらい、薄汚い本で、……本当のこともいくらか書いてあったが、……いや、それ故に一層お前は狼狽して、莫迦げた金と人手を使って、その本の買い占めに躍起とな・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・…青いクロース背に黒文字で書名を入れた百四十八頁の、一頁ごとに誤植が二つ三つあるという薄っぺらい、薄汚い本で、……本当のこともいくらか書いてあったが、……いや、それ故に一層お前は狼狽して、莫迦げた金と人手を使って、その本の買い占めに躍起とな・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・現在年寄夫婦が商売しているのだが、土地柄、客種が柄悪く荒っぽいので、大人しい女子衆は続かず、といって気性の強い女はこちらがなめられるといった按配で、ほとほと人手に困って売りに出したのだというから、掛け合うと、案外安く造作から道具一切附き三百・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・現在年寄夫婦が商売しているのだが、土地柄、客種が柄悪く荒っぽいので、大人しい女子衆は続かず、といって気性の強い女はこちらがなめられるといった按配で、ほとほと人手に困って売りに出したのだというから、掛け合うと、案外安く造作から道具一切附き三百・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・家屋敷まで人手に渡している老父たちの生活は、惨めなものであった。老父は小商いをして小遣いを儲けていた。継母は自分の手しおにかけた耕吉の従妹の十四になるのなど相手に、鬼のように真黒くなって、林檎や葡萄の畠を世話していた。彼女はちょっと非凡なと・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・家屋敷まで人手に渡している老父たちの生活は、惨めなものであった。老父は小商いをして小遣いを儲けていた。継母は自分の手しおにかけた耕吉の従妹の十四になるのなど相手に、鬼のように真黒くなって、林檎や葡萄の畠を世話していた。彼女はちょっと非凡なと・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 小春日和の日曜とて、青山の通りは人出多く、大空は澄み渡り、風は砂を立てぬほどに吹き、人々行楽に忙がしい時、不幸の男よ、自分は夢地を辿る心地で外を歩いた。自分は今もこの時を思いだすと、東京なる都会を悪む心を起さずにはいられないのである。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 浜は昼間の賑わいに引きかえて、月の景色の妙なるにもかかわらず人出少し。自分は小川の海に注ぐ汀に立って波に砕くる白銀の光を眺めていると、どこからともなく尺八の音が微かに聞えたので、あたりを見廻わすと、笛の音は西の方、ほど近いところ、漁船・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫