・・・ じいさんとばあさんとは、大きな建物や沢山の人出や、罪人のような風をした女や、眼がまうように行き来する自動車や電車を見た。しかし、それはちっとも面白くもなければ、いゝこともなかった。田舎の秋のお祭りに、太鼓を舁いだり、幟をさしたり、一張・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・自分の身のまわりのことはなるべく人手を借りずに。そればかりでなく、子供にあてがう菓子も自分で町へ買いに出たし、子供の着物も自分で畳んだ。 この私たちには、いつのまにか、いろいろな隠し言葉もできた。「あゝ、また太郎さんが泣いちゃった。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・自分の身のまわりのことはなるべく人手を借りずに。そればかりでなく、子供にあてがう菓子も自分で町へ買いに出たし、子供の着物も自分で畳んだ。 この私たちには、いつのまにか、いろいろな隠し言葉もできた。「あゝ、また太郎さんが泣いちゃった。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・いくら居なくなったと言っても、まだそれでも二三年前までは居ました……この節はもう魚も居ません……この松林などは、へえもう、疾くに人手に渡っています……」 口早に言ってサッサと別れて行く人の姿を見送りながら、復た二人は家を指して歩き出した・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・いくら居なくなったと言っても、まだそれでも二三年前までは居ました……この節はもう魚も居ません……この松林などは、へえもう、疾くに人手に渡っています……」 口早に言ってサッサと別れて行く人の姿を見送りながら、復た二人は家を指して歩き出した・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・しまいには、その家屋敷も人手に渡り、子息は勘当も同様になって、みじめな死を死んで行った。私はあのお爺さんが姉娘に迎えた養子の家のほうに移って、紙問屋の二階に暮らした時代を知っている。あのお爺さんが、子息の人手に渡した建物を二階の窓の外になが・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・しまいには、その家屋敷も人手に渡り、子息は勘当も同様になって、みじめな死を死んで行った。私はあのお爺さんが姉娘に迎えた養子の家のほうに移って、紙問屋の二階に暮らした時代を知っている。あのお爺さんが、子息の人手に渡した建物を二階の窓の外になが・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・新宿は、たいへんな人出でございます。博士は、よれよれの浴衣に、帯を胸高にしめ、そうして帯の結び目を長くうしろに、垂れさげて、まるで鼠の尻尾のよう、いかにもお気の毒の風采でございます。それに博士は、ひどい汗かきなのに、今夜は、ハンカチを忘れて・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 銀座は、たいへんな人出であった。逢う人、逢う人、みんなにこにこ笑っている。「よかった。日本は、もう、これでいいのだよ。よかった。」と兄は、ほとんど一歩毎に呟いて、ひとり首肯き、先刻の怒りは、残りなく失念してしまっている様子であった・・・ 太宰治 「一燈」
・・・雨が降りつづいて壁が乾かず、また人手も不足で完成までには、もう十日くらいかかる見こみ、というのであった。うんざりした。ポチから逃れるためだけでも、早く、引越してしまいたかったのだ。私は、へんな焦躁感で、仕事も手につかず、雑誌を読んだり、酒を・・・ 太宰治 「畜犬談」
出典:青空文庫