・・・この勇敢なる黒犬は人々の立騒いでいる間にどこかへ姿を隠したため、表彰したいにもすることが出来ず、当局は大いに困っている。 東京朝日新聞。軽井沢に避暑中のアメリカ富豪エドワアド・バアクレエ氏の夫人はペルシア産の猫を寵愛している。すると最近・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・寺院の堂塔が王朝時代の建築を代表するように、封建時代を表象すべき建築物を求めるとしたら天主閣を除いて自分たちは何を見いだすことができるだろう。しかも明治維新とともに生まれた卑しむべき新文明の実利主義は全国にわたって、この大いなる中世の城楼を・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・前記の諸君を除いて、平塚君、国富君、砂岡君、清水君、依田君、七条君、下村君、その他今は僕が忘れてしまって、ここに表彰する光栄を失したのを悲しむ。幾多の諸君が、熱心に執筆の労をとってくださったのは、特に付記して、前後六百枚のはがきの、このため・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・に描かれたる肉霊合致の全我的活動なるものは、その論理と表象の方法が新しくなったほかに、かつて本能満足主義という名の下に考量されたものとどれだけ違っているだろうか。 魚住氏はこの一見収攬しがたき混乱の状態に対して、きわめて都合のよい解釈を・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 私は物体が二つに見える酔っ払いのように、同じ現実から二つの表象を見なければならなかったのだ。しかもその一方は理想の光に輝かされ、もう一方は暗黒の絶望を背負っていた。そしてそれらは私がはっきりと見ようとする途端一つに重なって、またもとの退屈・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・いま諸君の目にはそうした表象が浮かんでいるにちがいない。日光浴を書いたついでに私はもう一つの表象「日光浴をしながら太陽を憎んでいる男」を書いてゆこう。 私の滞在はこの冬で二た冬目であった。私は好んでこんな山間にやって来ているわけではなか・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・苦しい種々の表象が私の心のなかを紛乱して通った。突然、私は母に向かって言った。「あの路へ歩いてゆきましょう。あの路へ歩いて出ましょう。私達はどんなに見えるでしょう」「ええ、歩いてゆきましょう」華やかに母は言った。「でも私達がどんなに・・・ 梶井基次郎 「闇の書」
・・・手帳と鉛筆とを携えて散歩に出掛けたスコットをばあざけりしウォーズウォルスは、決して写実的に自然を観てその詩中に湖国の地誌と山川草木を説いたのではなく、ただ自然その物の表象変化を観てその真髄の美感を詠じたのであるから、もしこの詩人の詩文を引い・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・この紅い血潮は意志し、感じ表象する「全人」の立場からのみくみとることができる。「生」は自らの空虚を充すために価値に向かい、これを実現することによって、自らを充実する。これがわれわれの意志行為である。ライプニッツが同一の木の葉は一枚もないとい・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ さて私はかように夢と理想とを抱いて学窓にある、健やかなる青年として諸君を表象する。学業に勉励せぬ、イデアリストでない学生に恋愛を説く如きは私には何の興味もないことである。学生の常なる姿勢は一に勉強、二に勉強、三に勉強でなくてはならぬ。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫