・・・を読み終りのこされた複雑な後味を考えているうちに、私の心には右のような一つのなまなましい表象が浮んで来たのであった。 作者は、この人生に日本の過去の教養的常識が呈出して来たあくの抜けたもの、静的な美のかわりに、「動物的なもの」「骨格をつ・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ マリ・アントワネットが宮園に百姓小家をつくらせたことは、当時の貴族の文化の健やかさを示すものとは見られず、フランス史の中で一つの頽廃の表象としてあらゆる人々に知られている。 日本の或る地方の農民は、極めて手のこんだ背い子を編む。だ・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・彼の生涯を表象しているようなこの小さい二つの鋲の意味に数千人の哀悼者の内何人が心をとめて見ただろう。 いつだったか古いことだ。何かで、下駄の前歯が減るうちは、真の使い手になれぬと剣道の達人が自身を戒めている言葉をよんだ。 マヤコフス・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・小学校の卒業のときは、総代で、東京市の優秀児童ばかりを集めた日比谷の表彰式で、市長からの賞品を貰った。そのとき綺羅を飾った少女たちの間に、村上けい子という最優賞の娘は、質素な紡績絣の着物に色の褪せた海老茶の袴という姿で人々を感動させたという・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・渡辺与平、竹久夢二などがその時代の日本の空気のもっていた女の解放へ目をむけたロマンティシズムを或る点で表象していたような関係はないのである。 少女時代から、立派な芸術的古典にじかにふれて、その感傷も向上の欲求もその芸術的感覚のなかで成長・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
・・・玄関の松飾と女中の髪だけに表象される新年。正月二日 フダーヤ、都会で生れ、育った人間らしく淋しがること夥し。正月がない、ないと云う。午後散歩。下田街道を天城へ向って村落を通って見、此処の正月のひっそり閑として居るのは落合楼に限っ・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・純粋客観外的客観の表象能力に及ぼす作用の表象が、感覚である。文学上に用いられた感覚なる概念も、要するにその感覚の感覚的表徴と変えられた意味を簡略しての感覚である。しかし、それなら、われわれは感覚と官能とを厳密に区別しなくてはならなくなる。だ・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫