・・・外交官の夫人なのです。勿論東京の山の手の邸宅に住んでいるのですね。背のすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結った女主人公ですか? 主筆 耳隠しでしょう。 保吉 じゃ耳隠しにしましょう。いつ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
ある婦人雑誌社の面会室。 主筆 でっぷり肥った四十前後の紳士。 堀川保吉 主筆の肥っているだけに痩せた上にも痩せて見える三十前後の、――ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と呼ぶのに躊躇することだけは事実・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・――「三菱社員忍野半三郎氏は昨夕五時十五分、突然発狂したるが如く、常子夫人の止むるを聴かず、単身いずこにか失踪したり。同仁病院長山井博士の説によれば、忍野氏は昨夏脳溢血を患い、三日間人事不省なりしより、爾来多少精神に異常を呈せるものなら・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・当時米国の公使として令名のあった森有礼氏に是非米国の婦人を細君として迎えろと勤めたというのもその人だ。然し黒田氏のかゝる気持は次代の長官以下には全く忘れられてしまった。惜しいことだったと私は思う。 私は北海道についてはもっと具体的なこと・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ 直き傍に腰を掛けている貴夫人がこう云った。「ジュ ヌ ペルメットレエ ジャメエ ク マ フィイユ サドンナアタ ユヌ オキュパシヨン シイ クリュエル」“Je ne permettrais jamais, que ma fil・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・ すこし別なことではあるが、先ごろ青山学院で監督か何かしていたある外国婦人が死んだ。その婦人は三十何年間日本にいて、平安朝文学に関する造詣深く、平生日本人に対しては自由に雅語を駆使して応対したということである。しかし、その事はけっしてそ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 円形の池を大廻りに、翠の水面に小波立って、二房三房、ゆらゆらと藤の浪、倒に汀に映ると見たのが、次第に近くと三人の婦人であった。 やがて四阿の向うに来ると、二人さっと両方に分れて、同一さまに深く、お太鼓の帯の腰を扱帯も広く屈むる中を・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 聞澄して、里見夫人、裳を前へ捌こうとすると、うっかりした褄がかかって、引留められたようによろめいたが、衣裄に手をかけ、四辺をみまわし、向うの押入をじっと見る、瞼に颯と薄紅梅。 九 煙草盆、枕、火鉢、座蒲団も・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
夫人堂 神戸にある知友、西本氏、頃日、摂津国摩耶山の絵葉書を送らる、その音信に、なき母のこいしさに、二里の山路をかけのぼり候。靉靆き渡る霞の中に慈光洽き御姿を拝み候。 しかじかと認められぬ。・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・おしろい真白な婦人が、二皿の粽を及び腰に手を延べて茶ぶ台の上に出した。予は細君と合点してるが、初めてであるから岡村の引合せを待ってるけれど、岡村は暢気に済してる。細君は腰を半ば上りはなに掛けたなり、予に対して鄭嚀に挨拶を始めた、詞は判らない・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
出典:青空文庫