・・・しかしそれが外国で流行っているということについては、自分もなにかそんなことを、婦人雑誌か新聞かで読んでいたような気がした。―― 猫の手の化粧道具! 私は猫の前足を引っ張って来て、いつも独り笑いをしながら、その毛並を撫でてやる。彼が顔を洗・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・この日も鷹見は、帰路にぜひ寄れと勧めますから、上田とともに三人連れ立って行って、夫人のお手料理としては少し上等すぎる馳走になって、酒も飲んで「あの時分」が始まりましたが、鷹見はもとの快活な調子で、「時に樋口という男はどうしたろう」と話が・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・次にふわりとした暖かい空気が冷え切った顔にここちよく触れました。これはさかんにストーブがたいてあるからです。次に婦人席が目につきました。毛は肩にたれて、まっ白な花をさした少女やそのほか、なんとなく気恥ずかしくってよくは見えませんでした、ただ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 私の知ってるある文筆夫人に、女学校へも行かなかった人だが、事情あって娘のとき郷里を脱け出て上京し、職業婦人になって、ある新聞記者と結婚し、子どもを育て、夫を助けて、かなり高い社会的地位まで上らせ、自分も独学して、有名な文筆夫人になって・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・妻が必ず職業婦人になって、夫の収入に加えねばならぬというのではない。働く腕、金をとる才能のあることがかえって夫婦愛を傷つける場合は少なくないし、またあまりそういう働きのあるような婦人は、愛が濃やかでなく、すべて受身でなく可愛らしげがないとい・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ たとえば前イギリス皇帝の場合にしても皇位を抛ってまでもの、シンプソン夫人への誠実を賞賛するにおいて私は決して人後に落ちるものではないが、もしかりに前英帝にイギリスの政治的使命についての、文明史的自覚が燃えていたとするならば、それでもそ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・三十すぎの婦人の声だ。それに一人は日本人らしい。何を云っているのかな。彼はちょいと立止まった。なんでも声が、ガーリヤの母親に似ているような気がした。が、声は、もうぷっつり聞えなかった。すると、まもなくすぐそこの、今まで開いていた窓に青いカー・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・が、おれは男だ、おれは男だ、一婦人のために心を労していつまで泣こうかと思い返して、女々しい心を捨ててしきりに男児がって諦めてしまった。しかし歳が経っても月が経っても、どういうものか忘れられない。別れた頃の苦しさは次第次第に忘れたが、ゆかしさ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもって旅行するようになるのですから、まして夫人方は「虫の垂れ衣」を被った大時代や、・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・時には私は用達のついでに、坂の上の電車路を六本木まで歩いてみた。婦人の断髪はやや下火でも、洋装はまだこれからというころで、思い思いに流行の風俗を競おうとするような女学校通いの娘たちが右からも左からもあの電車の交差点に群がり集まっていた。・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫