・・・西向きの一室、その前は植込みで、いろいろな木がきまりなく、勝手に茂ッているが、その一室はここの家族が常にいる室だろう、今もそこには二人の婦人が…… けれどまず第一に人の眼に注まるのは夜目にも鮮明に若やいで見える一人で、言わずと知れた妙齢・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・すると、幌の中からは婦人が小さい女の子を連れて降りて来た。「いらっしゃいませ。今晩はまア、大へんな降りでこざいまして。さア、どうぞ。」 灸の母は玄関の時計の下へ膝をついて婦人にいった。「まアお嬢様のお可愛らしゅうていらっしゃいま・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ 食事が済んだ時、それまで公爵夫人ででもあるように、一座の首席を占めていたおばさんが、ただエルリングはもう二十五年ばかりもこの家にいるのだというだけの事を話した。ひどく尊敬しているらしい口調で話して、その外の事は言わずにしまった。丁度親・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・兎に角若い婦人が傍にいるのである。別品かもしれない。この退屈な待つ間を面白く過ごすような事でもあれば好いと反謀気も出て来るのである。 フィンクは思わず八の字髭をひねって、親切らしい風をして暗い隅の方へ向いた。「奥さん。あなたもやはり・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ところがいよいよ子爵夫人の格式をお授けになるという間際、まだ乳房にすがってる赤子を「きょうよりは手放して以後親子の縁はなきものにせい」という厳敷お掛合があって涙ながらにお請をなさってからは今の通り、やん事なき方々と居並ぶ御身分とおなりなさっ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・同じ兼良が将軍義尚の母、すなわち義政夫人の日野富子のために書いた『小夜のねざめ』には、このことが一層明白に現われている。この書もこの後の時代に広く読まれたようであるが、その内容は人としての教養の準則を説いたものである。自然美を十分に味わうべ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・「昨晩私のそばにいた貴婦人がひとり急に痙攣ちゃって、大騒ぎでしたの。そのかたも喜劇を演りにペテルスブルグへいらっしゃるんですって。デュウゼとかって名前でしたよ。ご存じでいらっしゃいますか。」そういってその娘の指さす方を見ると、うなだれた暗い・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫