・・・一体百年も逢わないようだと初めに云っておいて、また古い話をするなんとおっしゃるのが妙ですね。貴夫人。なぜ。男。なぜって妙ですよ。女の方が何かをひどく古い事のように言うのは、それを悪い事だったと思って後悔した時に限るようですからね。つ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・腰の物は大小ともになかなか見事な製作で、鍔には、誰の作か、活き活きとした蜂が二疋ほど毛彫りになッている。古いながら具足も大刀もこのとおり上等なところで見るとこの人も雑兵ではないだろう。 このごろのならいとてこの二人が歩行く内にもあたりへ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 或る日、ナポレオンは侍医を密かに呼ぶと、古い太鼓の皮のように光沢の消えた腹を出した。侍医は彼の傍へ、恭謙な禿頭を近寄せて呟いた。「Trichophycia, Eczema, Marginatum.」 彼は頭を傾け変えるとボナパ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ エルリングというのは古い、立派な、北国の王の名である。それを靴を磨く男が名告っている。ドイツにもフリイドリヒという奴僕はいる。しかしまさかアルミニウスという名は付けない。この土地はおさんにインゲボルクがいたり、小間使にエッダがいたりす・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・足利時代からあったお城は御維新のあとでお取崩しになって、今じゃ塀や築地の破れを蔦桂が漸く着物を着せてる位ですけれど、お城に続いてる古い森が大層広いのを幸いその後鹿や兎を沢山にお放しになって遊猟場に変えておしまいなさり、また最寄の小高見へ別荘・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・しかしその後の研究によれば、スーダンの民族の美しい衣服はアフリカ固有のものであってムハメッドの誕生よりも古い。またスーダンの国家の特有の組織はイスラムよりもはるか前からあり、ニグロ・アフリカの耕作や教育の技術、市民的な秩序や手工芸などは、中・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・彼女が空虚なるカアル劇場に歩み入った時には一人として彼女を知る者はなかったが、その夜、全市の声は彼女の名を讃えてヴァイオリンのごとく打ち震い、全市の感覚は激動の後渦巻のごとく混乱した。 やがて彼女はベルリンに現われたが冷静なるハルデン氏・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫