・・・俺の欲望はとうとう俺から分離した。あとはこの部屋に戦慄と恍惚があるばかりだ」 ある晩のこと、石田はそれが幾晩目かの崖の上へ立って下の町を眺めていた。 彼の眺めていたのは一棟の産科婦人科の病院の窓であった。それは病院と言っても決し・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ おのずからなる石の文理の尉姥鶴亀なんどのように見ゆるよしにて名高き高砂石といえるは、荒川のここの村に添いて流るるあたりの岸にありと聞きたれば、昼餉食べにとて立寄りたる家の老媼をとらえて問い質すに、この村今は赤痢にかかるもの多ければ、年・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・あとで北海道生れの友人に、その事を言ったら、その友人は私の直観に敬服し、そのとおりだ、北海道は津軽海峡に依って、内地と地質的に分離されているのであって、むしろアジア大陸と地質的に同種なのである、といろいろの例証をして、くわしく説明してくれた・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・とは、心のときめきに於いては同じようにも思われるだろうが、熟慮半日、確然と、黒白の如く分離し在るを知れり。宿題「チェック・チャックに就いて。」「策略ということについて。」「言葉の絶対性ということについて。」「沈黙は金なりとい・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 絵画が写実から印象へ、印象から表現へ、また分離と構成へ進んだように映画も同じような道をすすむのではないか。そうして最後に生き残る本然の要素は結局自分の子供のころの田舎の原始的な影法師に似たものになるのではないか。 欧州のどこかの寄・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・それを手でかき回していれば、米と小豆は次第に混合して、おしまいには、だいたい同じような割合に交じり合うのであるが、この状況を写した映画のフィルムを逆転する場合には、攪拌するに従って米と小豆がだんだんに分離して、最後にはきれいな別々の層に収ま・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・従ってある現象を定むる因子中より第一にいわゆる偶発的突発的なるものを分離して考うれども、世人はこの区別に慣れず。一例を挙ぐれば、学者は掌中の球を机上に落す時これが垂直に落下すべしと予言す。しかるに偶然窓より強き風が吹き込みて球が横に外れたり・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・法医工文理農あらゆる学問の小売部を設けることである。 親類に民事上の訴訟問題でも起りかかった場合に、われわれはある具体的の法律上の知識の概要を得ておきたくなる。そういう時に、もし百貨店で買物をした節に十分か十五分の時間と二円か三円の金を・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ 朝鮮にいる虎が気候的にはそんなに違わない日本にいないのはどういうわけであるか、おそらく日本の地が大陸と分離した後になってこの動物が朝鮮半島に入り込んで来たのではないかと思われる。猫は平安朝に朝鮮から舶来したと伝えられている。北海道のひ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・主体を分離した尾部は独立の生命を持つもののように振動するのである。私は見つけ次第に猫を引っ捕えて無理に口からもぎ取って、再び猫に見つからないように始末をした。せっかくの獲物を取られた猫はしばらくは畳の上をかいで歩いていた。蜥蜴をとって食うの・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫