この一、二年何のかのと銀座界隈を通る事が多くなった。知らず知らず自分は銀座近辺の種々なる方面の観察者になっていたのである。 唯不幸にして自分は現代の政治家と交らなかったためまだ一度もあの貸座敷然たる松本楼に登る機会がなかったが、し・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・その方面の知識に疎い寡聞なる余の頭にさえ、この断見を否定すべき材料は充分あると思う。 社会は今まで科学界をただ漫然と暗く眺めていた。そうしてその科学界を組織する学者の研究と発見とに対しては、その比較的価値所か、全く自家の着衣喫飯と交渉の・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・ しかし右のようにいえば、愚禿の二字は独り真宗に限った訳でもないようであるが、真宗は特にこの方面に着目した宗教である、愚人、悪人を正因とした宗教である。同じく愛を主とした他力宗であっても、猶太教から出た基督教はなお、正義の観念が強く、い・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・ 近代の文学者の中で、ニイチェほど大きく、且つ多方面に影響をあたへたものはない。思想方面では、レーニンやトロツキイの共産主義者を始め、それの対蹠であるファッショや強権主義者等までが、多少みな間接にニイチェの影響を蒙つて居る。文学の方・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 彼は監獄から出たての放免囚見たいに、青くなって云った。「何だって! 死んだ? どいつが死んだ?」「冗談じゃないぜ。ボースン。安田が死んでるんだぜ」「死んだ程、俺も酔っ払って見てえや、放っとけ! それとも心配なら、頭から水で・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ダボハゼに似ているので、関東方面でもドンコを見たという人があるけれども、学問的にもいないことが証明されている。 魚の辞典を引いてみると、ドンコはドンコ属という独立した一科になっている。辞書や伝承によって、鈍甲、胴甲、貪魚、鈍魚、などとい・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・何れの方面より見ても婦人の天性を無智なりと明言して之を棄てんとするは、女大学記者の一私言と言う可きのみ。 又女は陰性なり、陰は夜にして暗し、故に女は男に比ぶるに愚にて云々に説始め、あらん限りの悪徳を並べ立てゝ其原因は陰性なるが故なりと、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・でなりと覚悟を改めて敵の軍門に降り、捕われて東京に護送せられたるこそ運の拙きものなれども、成敗は兵家の常にして固より咎むべきにあらず、新政府においてもその罪を悪んでその人を悪まず、死一等を減じてこれを放免したるは文明の寛典というべし。氏の挙・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・そしたら、学術的に心持を培養する学理は解らんでも、その技術を獲ることは出来やせんか、と云うので、最初は方面を撰んで、実業が最も良かろうと見当を付けた。それで、実業家と成ろうと大分焦った。が併し私の露語を離れ離れにしては実業に入れぬから、露国・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・あの手紙にはこの方面の事は文章の上に少しも書いて無い。しかしそれがかえってこう云う状態の存在を証明しているように思われた。 すべて女の手紙を読むには、行の間を読まなくてはならない。眼光紙背に徹せなくてはならない。ピエエル・オオビュルナン・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫