・・・禅か、法華か、それともまた浄土か、何にもせよ釈迦の教である。ある仏蘭西のジェスウイットによれば、天性奸智に富んだ釈迦は、支那各地を遊歴しながら、阿弥陀と称する仏の道を説いた。その後また日本の国へも、やはり同じ道を教に来た。釈迦の説いた教によ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ヘイ、そのさきに寺がめいます、森の上からお堂の屋根がめいましょう。法華のお寺でございます。あっこはもう勝山でござります、ヘイ」「じいさん、どうだろう雨にはなるまいか」「ヘイ晴れるとえいけしきでござります、残念じゃなあ、お富士山がちょ・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・此の娘は聟えらびの条件には、男がよくて姑がなくて同じ宗の法華で綺麗な商ばいの家へ行きたいと云って居る。千軒もあるのぞみ手を見定め聞定めした上でえりにえりにえらんだ呉服屋にやったので世間の人々は「両方とも身代も同じほどだし馬は馬づれと云う通り・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・また亥の日には摩利支天には上げる数を増す、朔日十五日二十八日には妙見様へもという工合で、法華勧請の神々へ上げる。其外、やれ愛染様だの、それ七面様だのと云うのがあって、月に三度位は必らず上げる。まだまだ此外に今上皇帝と歴代の天子様の御名前が書・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・その鄰りに常夜燈と書いた灯を両側に立て連ね、斜に路地の奥深く、南無妙法蓮華経の赤い提灯をつるした堂と、満願稲荷とかいた祠があって、法華堂の方からカチカチカチと木魚を叩く音が聞える。 これと向合いになった車庫を見ると、さして広くもない構内・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・今の文学者が文学に対する態度は真面目になったと云うが、真面目じゃなくて熱心になっただけだろう。法華信者が偏頗心で法華に執着する熱心、碁客が碁に対する凝り方、那様のと同様で、自分の存在は九分九厘は遊んでいるのさ。真面目と云うならば、今迄の文学・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
出典:青空文庫