・・・然しこの級長はこれから打ち当って行く生活からその本当のことを知るだろうと考えた。――一九三一・一二・一○―― 小林多喜二 「級長の願い」
・・・ しかし、お玉が迎えに来たことは、どうやら本当らしかった。悩ましいおげんの眼には、何処までが待ちわびた自分を本当に迎えに来てくれたもので、何処までが夢の中に消えていくような親戚の幻影であるのか、その差別もつけかねた。幾度となくおげんはお・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「町の方でポツポツ見に来て下さる方もあります……好きな人もあるんですネ……しかし私はまだ、この土地にはホントに御馴染が薄い……」 学士は半ば独語のように言った。 正木大尉が桑畠の石垣を廻ってニコニコしながら歩いて来た。皆な連立っ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・そしてこれが本当の道徳だとも思った。しかしだんだん種々の世故に遭遇するとともに、翻って考えると、その同情も、あらゆる意味で自分に近いものだけ濃厚になるのがたしかな事実である。して見るとこれもあまり大きなことは言えなくなる。同情する自分と同情・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・あなたでも同じですけれど、こんなになると、情合はまったく本当の親子と変りませんわ」「それだのにこの夏には、あの人の話はちょっとも出ませんでしたね」「そうでしたかね。おや、そうだったかしら」「そして私の事はもうすっかりあの人に話し・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・お寒いんですから、本当に、そのままで、お願いします。家の中には火の気が一つも無いのでございますから」「では、このままで失礼します」「どうぞ。そちらのお方も、どうぞ、そのままで」 男のひとがさきに、それから女のひとが、夫の部屋の六・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・草田ノ家ヘ、カエリナサイ。 スミマセン。トニカク、カエリナサイ。 カエレナイ。ナゼ? カエルシカク、ナイ。草田サンガ、マッテル。 ウソ。ホント。 カエレナイノデス。ワタシ、アヤマチシタ。バカダ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・中学校時代の日記は、空想たくさんで、どれが本当かうそかわからない。戯談に書いたり、のんきに戯れたりしていることばかりである。三十四五年――七八年代の青年を描こうと心がけた私は、かなりに種々なことを調べなければならなかった。そのころの青年でも・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・生徒が知らない事を無理に聞いている。本当の疑問のしかけ方は、相手が知っているか、あるいは知り得る事を聞き出す事でなければならない。それで、こういう罪過の行われるところでは大概教師の方が主な咎を蒙らなければならない。学級の出来栄えは教師の能力・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・するとまた、「ホントだ、あいつこんにゃく屋なんだネ」 と、違った声がいう。私は勇気がくじけて、みんなまできいてることが出来ない。こんにゃくを売ることも忘れて、ドンドンいまきた道をあと戻りして逃げてしまう。 こんなとき、私が、・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫