・・・ はらりと、やや蓮葉に白脛のこぼるるさえ、道きよめの雪の影を散らして、膚を守護する位が備わり、包ましやかなお面より、一層世の塵に遠ざかって、好色の河童の痴けた目にも、女の肉とは映るまい。 姫のその姿が、正面の格子に、銀色の染まるばか・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 熊笹のびて、薄の穂、影さすばかり生いたれば、ここに人ありと知らざる状にて、道を折れ、坂にかかり、松の葉のこぼるるあたり、目の下近く過りゆく。女はその後を追いたりしを、忍びやかにぞ見たりける。駕籠のなかにものこそありけれ。設の蒲団敷重ね・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・密輸入につきものの暴利をむさぼるだけではなかった。 肉色に透き通るような柔らかい絹の靴下やエナメルを塗った高い女の靴の踵は、ブルジョア時代の客間と、頽廃的なダンスと、寝醒めの悪い悪夢を呼び戻す。花から取った香水や、肌色のスメツ白粉や、小・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・が、重くていやだから、ここへ置いて行く、トマト、いやだろう、風呂敷かえせ、とてれくさがって不機嫌になり、面伏せたまま、私の二階の部屋へ、どんどん足音たかくあがっていって、私も、すこしむっとなり、階段のぼる彼のうしろ姿に、ほかへ持って行くもの・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ドリスの噂に上ぼる人が皆妬ましい。ドリスの逢ったと云う人が皆妬ましい。 それに別荘は夏住まいに出来ているのだから、余り気持ちが好くなくなった。その中で焼餅話をするとなると、いよいよ不愉快である。ドリスも毎日霧の中を往復するので咳をし出し・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・に次いで「ほろほろ……こぼるる」の来るような擬音的重畳形容詞の連続する例である。これは連続する場合もあり、四五句目に現われる場合もはなはだ多い。上の例では「ほろほろ」から四句目に「だんだんに」が来る。同じ百韻中で調べてみると前のほうにある「・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・第一に高島が有名でないこと、次に高島がボルだということからであった。「おあがんなさい」 深水の嫁さんがしきものをだしてくれた。うなずきながら、足首までしろくなったじぶんの足下をみていると、長野がいつもの大阪弁まじりで、秋にある、熊本・・・ 徳永直 「白い道」
・・・国の権を争い人の利を貪ぼるは、他なし、自国自身の平安を欲する者なり。 また、物を盗み人を殺す者といえども、自から利して自己の平安幸福をいたさんと欲するにすぎず。盗んでこれを匿し、殺して遁逃するは何ぞや。他の平安幸福をば害すれども、おのず・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・例えば伽羅くさき人の仮寝や朧月女倶して内裏拝まん朧月薬盗む女やはある朧月河内路や東風吹き送る巫が袖片町にさらさ染るや春の風春水や四条五条の橋の下梅散るや螺鈿こぼるゝ卓の上玉人の座右に開く椿かな梨の花月・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・けれ共、紅の日輪が全く山の影に、姿をかくした時、川面から、夕もやは立ちのぼって、うす紫の色に四辺をとざす間もなく、真黒に浮出す連山のはざまから黄金の月輪は団々と差しのぼるのである。この時、無窮と見えた雲の運動は止まって、踏むさえ惜しい黄金の・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫