・・・はい、麻畑と謂ってやりゃ、即座に捕まえられて、吾も、はあ、夜の目も合わさねえで、お前様を見張るにも及ばずかい、御褒美も貰えるだ。けンどもが、何も旦那様あ、訴人をしろという、いいつけはしなさらねえだから、吾知らねえで、押通しやさ。そンかわりに・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・先生、――「座敷を別に、ここに忍んで、その浮気を見張るんだけれど、廊下などで不意に見附かっては不可いから、容子を変えるんだ。」とそう言って、……いきなり鏡台で、眉を落して、髪も解いて、羽織を脱いでほうり出して、帯もこんなに(なよやかに、頭あ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・掏摸に金をすられた肥った年増の顔、その密告によって疑いの目を見張る刑事の典型的な探偵づら、それからポーラを取られた意趣返しの機会をねらう悪漢フレッド、そういう顔が順々に現われるだけでそれをながめる観客は今までに起こって来た事件の行きさつを一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・す去年此路よりす憐しる蒲公茎短して乳をむかし/\しきりにおもふ慈母の恩慈母の懐抱別に春あり春あり成長して浪花にあり 梅は白し浪花橋辺財主の家 春情まなび得たり浪花風流郷を辞し弟に負て身三春 本をわすれ末を取接木の梅故郷春・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・祖母の住居にありながら まだ旅心失せぬ悲しさなめげなる北風に裾吹かせつゝ 野路をあゆめば都恋しやらちもなく風情もなくてはゞびろに 横たはれるも村道なれば三春富士紅色に暮れ行けば 裾の村・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・おいて快く承知した年寄りは、負けてやる二俵分を現金に換算して禰宜様宮田に借用証文を作らせながら、ちょうど若い人がこれから出来ようとする気に入りの着物の模様、着て引き立った美くしい自分の姿及び驚きの目を見張るそんな着物を作られない者達のことご・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ かなり高くて姿の美くしい山々――三春富士、安達太良山などに四方をかこまれて、三春だの、島だのと云う村々と隣り合い只一つこの附近の町へ通じる里道は此村のはずれ近く、長々と、白いとりとめのない姿を夏は暑くるしく、冬はひやびやと横わって居る・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・「楽しく死のうとする」三春藩の官軍支持の若い兄弟を描いたものである。板垣退助を隊長とする官軍に属する医者の息子である一人の青年に「維新の業は我ら草莽の臣の力によってなさるべきだ」といわせたり「暗厄利亜国に、把爾列孟多というものがあるのを御存・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
三春富士と安達太郎山などの見えるところに昔大きい草地があった。そして、その草地で時々鎌戦さが行われた。あっち側からとこっち側からと草刈りに来る村人たちは大方領主がそれぞれちがっていて、地境にある草地の草を、どっちが先に刈る・・・ 宮本百合子 「村の三代」
出典:青空文庫