・・・ああ今頃は清軍の地雷火を犬が嗅ぎつけて前足で掘出しているわの、あれ、見さい、軍艦の帆柱へ鷹が留った、めでたいと、何とその戦に支那へ行っておいでなさるお方々の、親子でも奥様でも夢にも解らぬことを手に取るように知っていたという吹聴ではございませ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 二人は大よろこびをして、たがいに手を取って御殿へはいりました。王女のよろこびも、たとえようがないほどでした。 めでたい、御婚礼のお祝いは、にぎやかに二週間つづきました。ウイリイ王と、王妃とは、お兄さまの王子と三人で、いついつまでも・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・あくるとしの元旦には、もっとめでたいことが起った。千羽の鶴が東の空から飛来し、村のひとたちが、あれよ、あれよと口々に騒ぎたてているまに、千羽の鶴は元旦の青空の中をゆったりと泳ぎまわりやがて西のかたに飛び去った。そのとしの秋にもまた稲の穂に穂・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・その主旨ははなはだめでたい。しかしそういう方法ではたして世の中の醜い病が絶やされるものであろうか。薬はよく売れても、おそらく病のほうはかえってますます広がりはしないだろうか。もう少し積極的なあるものの力でそういう病にかからない根本的素質を養・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ それはとにかく、正月をめでたいという意味が子供の時分から私にはよくわからなかったが、年を取ってもやはりまだ充分にはわからない。少なくも自分の場合では正月というととかくめでたからぬことが重畳して発生するように思われるのである。のみならず・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 世間はめでたいお正月になって、暖かい天気が続く。病人も少しずつよくなる。風のない日は縁側の日向へ出て来て、紙の折り鶴をいくつとなくこしらえてみたり、秘蔵の人形の着物を縫うてやったり、曇った寒い日は床の中で「黒髪」をひくくらいになった。・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・肺炎から出ていた熱ならば、ああ、それが下ったということは実にめでたい。しかし、もしその熱は、はしかのものだとしたら? 結果は全く反対の憂慮すべきことである。 ジイドも、彼の細君の発熱についてはそういう本質の差を知っており、又当然知ろうと・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・ この朝の出来事を書いているとき、作者は帝と中宮とが並んで外を見ていられる様子をただおめでたいことだと言っているばかりである。お仲が睦じくてめでたいという表現で終っている。ところが私たちにはその朝の有様が、もっと含蓄をもって語りかけて来・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
・・・親子兄弟相変らず揃うてお勤めなさる、めでたいことじゃと言うのでござります。その詞が何か意味ありげで歯がゆうござりました」 父弥一右衛門は笑った。「そうであろう。目の先ばかり見える近眼どもを相手にするな。そこでその死なぬはずのおれが死んだ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫