・・・私はポケットの中の右手をしばらくもじもじさせる。五六枚の紙幣をえらんでいるかたちである。ようやく、私はいちまいの紙幣をポケットから抜きとり、それを十円紙幣であるか五円紙幣であるか確かめてから、女給に手渡すのである。釣銭は、少いけれど、と言っ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・しかし、もじもじと手をおろした。スワの気が立って来たのをとうから見抜いていたが、それもスワがそろそろ一人前のおんなになったからだな、と考えてそのときは堪忍してやったのであった。「そだべな、そだべな」 スワは、そういう父親のかかりくさ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・私が顔を赤くして、もじもじしていると、隠すなよ、そこらを掻き廻したら、二十円くらいは出て来るだろう、と私に、からかうようにおっしゃるので、私は、びっくりしてしまいました。たった二十円。私は、あなたの顔を見直しました。あなたは、私の視線を、片・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・僕がもじもじしているとこれは新らしい高価い種類だよ。君にだけやるから来春植えてみたまえと云った。すると農場の方から花の係りの内藤先生が来たら武田先生は大へんあわててポケットへしまっておきたまえ、と云った。ぼくは変な気がしたけれども仕方なくポ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・するとその子はちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。「直れ。」先生が・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。 先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指しました。「こ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・その人はブドリの挨拶になれないでもじもじしているのを見ると、重ねて親切に言いました。「さっきクーボー博士から電話があったのでお待ちしていました。まあこれから、ここで仕事をしながらしっかり勉強してごらんなさい。ここの仕事は、去年はじまった・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 虔十はきまり悪そうにもじもじして下を向いてしまいました。 すると虔十のお父さんが向うで汗を拭きながらからだを延ばして「買ってやれ、買ってやれ。虔十ぁ今まで何一つだて頼んだごとぁ無ぃがったもの。買ってやれ。」と云いましたので虔十・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・もう行ってよいのか悪いのか判断しかねて、厚い木綿に着ぶくれた膝の辺を一層もじもじさせて此方を視ているれんの様子は、彼に怒鳴りつけたいような野蛮な衝動を感じさせた。「第一あの切口上が堪らない」彼は心の中でむかついた。「変に黒く光る眼じゃあ・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・十時頃に下女が茶を入れて持って来て、どうもひどい晩でございますねというような事を言って、暫くもじもじしていた。宮沢は自分が寂しくてたまらないので、下女もさぞ寂しかろうと思い遣って、どうだね、針為事をこっちへ持って来ては、己は構わないからと云・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫