・・・後で聞けば、硫黄でえぶし立てられた獣物の、恐る恐る穴の口元へ首を出した処をば、清五郎が待構えて一打ちに打下す鳶口、それが紛れ当りに運好くも、狐の眉間へと、ぐっさり突刺って、奴さん、ころりと文句も云わず、悲鳴と共にくたばって仕舞ったとの事。大・・・ 永井荷風 「狐」
・・・同時に広告欄にその文句を出すのも好まないというのである。私はやむをえないから、ここに先生の許諾を得て、「さようならごきげんよう」のほかに、私自身の言葉を蛇足ながらつけ加えて、先生の告別の辞が、先生の希望どおり、先生の薫陶を受けた多くの人々の・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・名義人は下請に文句を言った。 下請は世話役に文句を云った。世話役が坑夫に、「もっと調子よくやれよ。八釜しくて仕様がないや」「八釜しい奴あ、耳を塞いどけよ」「そうじゃねえんだ。会社がうるせえんだよ」「だったらな。会社の奴に・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・又妾に子あらば妻に子なくとも去るに及ばずとは、元来余計な文句にして、何の為めに記したるや解す可らず。依て窃に案ずるに、本文の初に子なき女は去ると先ず宣言して、文の末に至り、妾に子あれば去るに及ばずと前後照応して、男子に蓄妾の余地を与え、暗々・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・男子の貞操を守っていない夫に対して、復讐がしてやりたいと云う心持が、はっきり筆に書いてはないが、文句の端々に曝露している。それに受身になって運命に左右せられていないで、何か閲歴がしてみたいと云う女の気質の反抗が見えている。要するにどの女でも・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ オツベルはやっと覚悟をきめて、稲扱器械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、鶯みたいないい声で、こんな文句を云ったのだ。「ああ、だめだ。あんまりせわしく、砂がわたしの歯にあたる。」 まったく籾は、パ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・おふみと芳太郎とが並んで懸合いをやる。文句はあれで結構、身ぶりもあれで結構、おふみの舞台面もあれでよいとして、もしその間におふみと芳太郎とが万歳をやりながら互に互の眼を見合わせるその眼、一刹那の情感ある真面目ささえもっと内容的に雄弁につかま・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・誓いの文句などは人のいない時十分考えて用意しているのである。今やかれの心は全く糸の話で充たされてしまった。かれの弁解がいよいよ完全になるだけ、かれの談論がいよいようまくなるだけ、ますますかれは信じられなくなった。『みんな嘘言家の証拠さ』・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
私が訳したファウストについては、私はあの訳本をして自ら語らしめる積でいる。それで現にあの印行本にも余計な事は一切書き添えなかった。開巻第一の所謂扉一枚の次に文芸委員会の文句が挿んであるが、あれも委員会からの注意を受けて、ようよう入れた・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・その手紙に書いてあった文句はこうでした。「明日のオペラ座の切符手に入り候に付、主人同道お誘いに参り可申候、何卒御待受被下度候。母上様」と云うのでした。お母あ様の所へ出す手紙を、あなたはわたくしの部屋に落してお置きになったですねえ。 女。・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
出典:青空文庫