・・・ではおやくそくのとおり、あなたは私のものですよ。」と言いました。王女はまっ赤な顔をして、「どうぞおつれになって下さいまし。お父さまもあきらめて、あなたのおっしゃるとおりになりますでしょう。」と言いました。王子はそのときはじめて、「じ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・粋な、やくざなふるまいは、つねに最も高尚な趣味であると信じていました。城下まちの、古い静かな割烹店へ、二度、三度、ごはんを食べに行っているうちに、少年のお洒落の本能はまたもむっくり頭をもたげ、こんどは、それこそ大変なことになりました。芝居で・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・少からず気になっていたが、私は人の身の上に就いて自動的に世話を焼くのは、どうも億劫で出来ないたちなので、そのままにして置いた。ところへ、突然、れいの電報と電報為替である。命令を受けたのである。こんどは私も働かなければならなかった。私は、かね・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ ――十九です。やくどしです。女、このとしには必ず何かあるようです。不思議のことに思われます。 ――小柄だね? ――ええ、でもマネキン嬢にもなれるのです。 ――というと? ――全部が一まわり小さいので、写真ひきのばせば、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・この時分の山の木には精気が多くて炭をこさえるのに適しているから、炭を焼く人達も忙しいのである。 馬禿山には炭焼小屋が十いくつある。滝の傍にもひとつあった。此の小屋は他の小屋と余程はなれて建てられていた。小屋の人がちがう土地のものであった・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・「蚊も、まやくの血をのんでは、ふらふら。」というユウモラスな意味をふくんだ、あかい血、くろい血。おのれの、はじめの短篇集、「晩年」の中の活字のほかの活字は、読まず、それもこのごろは、つまらないつまらない、と言いだして、内容覗かず、それでも寝・・・ 太宰治 「創生記」
・・・旅行者が特別な興味をもつ対象の前にしばらく歩を止めようとするのを、そんなものはつまらないから見るのじゃないと世話をやく場合もある。つまるとつまらないとが明らかに「相対的」のものである場合にはこれは困る。案内者が善意であるだけにいっそう困るわ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・耳に響くはただ身を焼く熱に湧く血の音と、せわしい自分の呼吸のみである。何者とも知れぬ権威の命令で、自分は未来永劫この闇の中に封じ込められてしまったのだと思う。世界の尽きる時が来ても、一寸もこの闇の外に踏み出すことは出来ぬ。そしていつまで経っ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・こういう世話をやくのもやはり大正十二年の震火災を体験して来た現在の市民の義務ではないかと思うのである。 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ Iの家の二階や階下の便所の窓からは、幅三尺の路地を隔てた竹葉の料理場でうなぎを焼く団扇の羽ばたきが見え、音が聞こえ、においが嗅がれた。毘沙門かなんかの縁日にはI商店の格子戸の前に夜店が並んだ。帳場で番頭や手代や、それからむすこのSちゃ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫