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・・・働いたものは血によごれている、小屋を焼く手伝いばかりしたものは、灰ばかりあびている。その灰ばかりあびた中に、畑十太夫がいた。光尚が声をかけた。「十太夫、そちの働きはどうじゃった」「はっ」と言ったぎり黙って伏していた。十太夫は大兵の臆・・・
森鴎外
「阿部一族」
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・・・ 漸やく泣き停ったような栖方の正しい靴音が、また梶に聞えて来た。六本木の停留所の灯が二人の前へさして来て、その下に塊っている二三の人影の中へ二人は立つと、電車が間もなく坂を昇って来た。 秋風がたって九月ちかくなったころ、高田が梶・・・
横光利一
「微笑」