・・・そしてやはりどこか飼い猫らしい鷹揚さとお坊っちゃんらしい品のある愛らしさが見えだして来た。 夏休みが過ぎて学校が始まると猫のからだはようやく少し暇になった。午前中は風通しのいい中敷きなどに三毛と玉が四つ足を思うさま踏み延ばして昼寝をして・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・これはその主要の点を正しく記憶しておらぬ証拠で、かかる弊を防ぐようにするには、抜き書きをして、その要用の点だけを充分記憶しておくようにするのが肝心である。結局、根本の事項さえよくのみ込んでいればそれに連れた枝葉の点などはさほど労せずとも、自・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・と丸い男は椀をうつ事をやめて、いつの間にやら葉巻を鷹揚にふかしている。 五月雨に四尺伸びたる女竹の、手水鉢の上に蔽い重なりて、余れる一二本は高く軒に逼れば、風誘うたびに戸袋をすって椽の上にもはらはらと所択ばず緑りを滴らす。「あすこに画が・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・元来が鷹揚なたちで、素直に男らしく打ちくつろいでいるようにみえるのが、持って生まれたこの人の得であった。それで自分も妻もはなはだ重吉を好いていた。重吉のほうでも自分らを叔父さん叔母さんと呼んでいた。二 重吉は学校を出たばかり・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・あるときはこの自覚のために驕慢の念を起して、当面の務を怠ったり未来の計を忘れて、落ち付いている割に意気地がなくなる恐れはあるが、成上りものの一生懸命に奮闘する時のように、齷齪とこせつく必要なく鷹揚自若と衆人環視の裡に立って世に処する事の出来・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・分化作用の発展した今日になると人間観がそう鷹揚ではいけない。彼らの精神作用について微妙な細い割り方をして、しかもその割った部分を明細に描写する手際がなければ時勢に釣り合わない。これだけの眼識のないものが人間を写そうと企てるのは、あたかも色盲・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・無偏・無党の帝室は、帝国の全面を照らして、そのいずれに厚からず、またいずれに薄からず、帝室より降臨すれば、政治の社会も学問の社会も、宗旨も道徳も技芸も農商も、一切万事、要用ならざるものなし。いやしくもこれらの事項について抜群の人物あれば、す・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 明治十九の歳華すでに改まりて、慶応義塾の教育法は大いに改まるに非ずといえども、一陽来復とともにこの旧教育法に新鮮の生気をあたうるはまたおのずから要用なるべし。その生気とは何ぞや。本塾の実学をしてますます実ならしめ、細大洩らさず、すべて・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ ゆえに、子女の養育に注意する人は、そのようやく長ずるにしたがって次第に世間の人事にあたらしむるの要用なるを知り、あるいは飲酒といい演劇といい、謹慎着実なる父母の目には面白からぬ事ながら、とうていこれを禁ずべきに非ざれば、この好むところ・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・ すなわち政治固有の性質にして、その働の急劇なるは事実の要用においてまぬかるべからざるものなり。その細目にいたりては、一年農作の飢饉にあえば、これを救うの術を施し、一時、商況の不景気を見れば、その回復の法をはかり、敵国外患の警を聞けばた・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
出典:青空文庫