・・・啻に抑揚などが明らかでないのみか、元来読み方が出来ていないのだから、声を出して読むには不適当である。 けれども、苟くも外国文を翻訳しようとするからには、必ずやその文調をも移さねばならぬと、これが自分が翻訳をするについて、先ず形の上の標準・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・解すべからざるものをも解し、文に書かれぬものをも読み、乱れて収められぬものをも収めて、終には永遠の闇の中に路を尋ねて行くと見える。(中央の戸より出で去り、詞の末のみ跡に残る。室内寂として声無し。窓の外に死のヴァイオリンを弾じつつ過ぎ行くを見・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・はひにもあらざるものをあはれ親なし髪しろくなりても親のある人もおほかるものをわれは親なし 母の三十七年忌にはふ児にてわかれまつりし身のうさは面だに母を知らぬなりけり 古書を読みて真男鹿の肩焼く占にうらとひ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・その半分書いた分だけを実習がすんでから教室でみんなに読みました。 それを読んでしまうかしまわないうち、私たちは一ぺんに飛び出してイギリス海岸へ出かけたのです。 丁度この日は校長も出張から帰って来て、学校に出ていました。黒板を見てわら・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・は、しかし、最後の一行まで読み終ると、この作品の世界の一種の美にかかわらず、私たちの心に何か深い疑問をよびさますものがある。そして、その疑問は、その単行本の後書きを読むと一層かき立てられる。「愛と死、之は誰もが一度は通らねばならない。人間が・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・ 役所の令丁がその太鼓を打ってしまったと思うと、キョトキョト声で、のべつに読みあげた――『ゴーデルヴィルの住人、その他今日の市場に出たる皆の衆、どなたも承知あれ、今朝九時と十時の間にブーズヴィルの街道にて手帳を落とせし者あり、そのう・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・当時八犬伝に読み耽っていた花房は、これをお父うさんの「三茶の礼」と名づけていた。 翁が特に愛していた、蝦蟇出という朱泥の急須がある。径二寸もあろうかと思われる、小さい急須の代赭色の膚に Pemphigus という水泡のような、大小種々の・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・あなたの書かれた旅愁というの、四度読みましたが、あそこに出て来る数学のことは面白かったなア。」 考えれば、寝ても立ってもおられぬときだのに、大厦を支える一木が小説のことをいうのである。遽しい将官たちの往き来とソビエットに挟まれた夕闇の底・・・ 横光利一 「微笑」
・・・「冬になると、随分本を読みます。だが小説は読みません。若い時は読みました。そうですね。マリイ・グルッベなんぞは、今も折々出して見ますよ。ヤアコップセンは好きですからね。どうもこの頃の人の書くものは。」手で拒絶するような振をした。 己は自・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・could,You too would love her.Procter : "The Sailor Boy."ミス、プロクトルの“The Sailor Boy”という詩を読みまして、一方ならず感じました。どうか・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫