・・・それがこっちから訪ねる場合は、何時でも随意に別れることが出来るのである。この「告別の権利」が、自分になくって来客の手にあるということほど、客に対して僕を腹立たしくすることはない。 一体に交際家の人間というものは、しゃべることそれ自身に興・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・平田さんに別れるくらいなら――死んでも別れないんだ。平田さんと別れちゃ生きてる甲斐がない。死んでも平田さんと夫婦にならないじゃおかない。自由にならない身の上だし、自由に行かれない身の上だし、心ばかりは平田さんの傍を放れない。一しょにいるつも・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・の求婚使節になって来たある公爵だかと、計らず雪の狩猟の山小舎で落ち合い、クリスチナが男の服装なのではじめ青年と思い一部屋に泊り、三日三晩くらすうちクリスチナが女であることがわかり互に心をひきつけられて別れる。御殿へ出て、はじめてクリスチナの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・別段怠けていたというのではありませんが、家庭を持つと、女の人はどうしても、生活が二つに分かれることはまぬがれないようです。そのために力の入れ方が鈍って、自然弱められるのでしょう。私の知っているどの女の方にも、そういうところがあります。野上さ・・・ 宮本百合子 「十年の思い出」
・・・それから三笠艦を見物して、横須賀の駅で別れるとき、「では、もう僕はお眼にかかれないと思いますから、お元気で。」 はっきりした眼付きで、栖方はそう云いながら、梶に強く敬礼した。どういう意味か、梶は別れて歩くうち、ふと栖方のある覚悟が背・・・ 横光利一 「微笑」
・・・で、いよいよ別れることにして立ち上がろうとした。その時またちょっとした話の行きがかりでなお十分ほど尻を落ち付けて話し込むような事になった。それでも玄関へ降りた時には、さほど急がずに汽車に間に合うつもりであった。で、玄関に立ったまま、それまで・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫